老朽化・耐震性の問題を有す「御堂会館」 新たな時代にマッチした”伝道会館”へ


大阪市中心部を南北に縦断し、大動脈として知られる「御堂筋」の名称の由来となった真宗大谷派 難波別院(南御堂)。現在、その難波別院の境内にある御堂会館が、建て替え工事を行っている。1595( 文禄4)年に創建され、1945( 昭和20)年には戦災にて消失した難波別院。そして1961(昭和36)年に本堂、そして山門を兼ねて御堂会館が建設された。その会館が、2019 年には新施設に生まれ変わることになる。その経緯や意義を難波別院輪番の宮浦一郎さんに聞いた。

建て替えにあたり大きな問題が発覚

「建て替えのお話をする前に、まず御堂会館とはどういう目的の建物であるのか、ということからご説明します。この建物は、まずもって“伝道会館”です。寺を訪れる人だけでなく、道行く人々にも教えを伝えていく。施設内には1000人規模の大ホールがあり、そこで仏教講演会などさまざまな催しを行うことで、大阪に住む人々にいろんな形で仏教に触れてもらいたいという願いを込めて建設されました」。その催しには、御堂筋パレードの前身で当時大阪最大級の祭りであった「御堂まつり」、今年で55回を迎える「南御堂盆おどり」など、地域に多大な貢献をもたらしたものも含まれる。

この御堂会館が2016(平成28)年に休館し、建て替え工事を行うことになった。「御堂会館は今年で56年目を迎えます。その時間経過によって老朽化しているということも建て替えの理由ではありますが、一番の理由は耐震性における問題です。不特定多数の方々が集まる建物については耐震診断結果を自治体に報告をしなければなりません。診断を受けた結果、『震度6以上の地震が発生した場合、倒壊・崩壊はしないものの一定の方向にかなりの被害が発生する可能性がある』とされました」。今後どうするべきかの選択肢は、耐震補強をするか、解体して更地にしてしまうか、建て替えるかの三つしかなかった。「あれだけ大きな施設ですから、補強にも解体にも莫大な費用がかかることが判明しました。概算見積では補強で11億円、解体して簡素な山門を作った場合では8億円。どうしたものかと頭を抱えていた時、たまたま取引のある銀行から『他の事業者の資金を活用し、建て替えを行うという方法もある』ということを聞きました」

外部業者と連携し新たな“門”を生み出す

つまり他の業者が御堂会館の跡地を賃借して建物を建設する。そしてその事業を行う業者が資金を提供する、というものだ。その方法を検討するため業者を募集することとなった。難波別院の敷地内で、御堂筋と本堂の間に建物が建つということから、その建物にはさまざまな条件がつけられることとなった。

【御堂会館建て替え条件】
①御堂筋から本堂が望める山門・参道の創出
②難波別院が賃借・利用する施設の確保(新施設内に難波別院が利用できるスペースを確保)
③本堂との調和に配慮した外観やデザインであること
④本堂や敷地の従前の利用を妨げない建物配置・計画と運営上の配慮をいただくこと(御堂会館が建っていた場所に建てる)
⑤従前に行われていた各種行事(法要や盆おどりなど)への継続実施への配慮
⑥一般定期借地権での取り組みであること(土地売却はしない)
⑦期間満了で契約が消滅しし、建物は更地で返却いただくこと

「非常に虫のいい条件ではありましたが、“伝道会館”としてあった御堂会館の替わりとしての機能を有するものでなくてはならなかったのです。結果としては、御堂筋の一等地で交通アクセスもよい場所であることから、4社が名乗りを上げてくださいました。そこから絞り込んで、最終的に積和不動産関西株式会社を優先交渉先とすることになりました」

積和不動産関西株式会社が提案した17階建ての建物はホテル。株式会社東急ホテルズが運営する「エクセルホテル東急」となる。同ホテルとしては関西初進出。日本初となる寺院山門一体型のホテルだ。以前の御堂会館同様、1階に御堂筋から本堂・本尊が望める開口部があり、北側の1~4階については難波別院が使用することとなる。だが当初は、門徒さんなど関係者のなかにはホテルということに違和感があるという意見もあったようだ。「この決定をするまでには、関係者の方々への説明のために関西各所を巡回しました。結局、決定までに2年半もかかりましたね」

地域貢献というもう一つの意義

ホテルということになれば、いろいろな方が難波別院を訪れる。「このホテルのコンセプトは“門”ということですから、ホテルのお客様が難波別院、そして日本の仏教に触れる入口になればと考えています。例えば海外からの観光客の方々がお茶を体験できるといったようなことも。さらに、大谷大学や大阪大谷大学など関係のある大学とも連携する事も視野に入れています。仏教について我々とは違った角度でさまざまな事柄を研究しているところですので、また違ったアプローチを生み出すことができるのではないかと考えています。

またこのプロジェクトには地域貢献という、もう一つの意義もあります。現在、訪日外国人の増加によって、関西は深刻なホテル不足に陥っています。これを少しでも緩和できるのであれば、多少なりとも地域の役に立てるのではないかと考えたのです。ちなみに、南御堂のすぐ北隣に大阪センタービル・大阪御堂筋ビルというツインビルがあります。実はこれも南御堂の土地を利用して建てられたものです。1969(昭和44)年の竣工当時は伊藤忠など有名企業がそのビルを利用することとなり、結果としてかなりの地域貢献となりました。このツインビル同様、今回のホテルも、大阪や関西に何かしらお役に立てるものであればと願っております」御堂筋の新たなランドマークとなりそうな“新”御堂会館の竣工は2019 年の冬を予定されている。御堂会館の“伝道会館”としての役割をしっかりと受け継いだうえで、現代の社会情勢を加味し、さらに“仏教と社会”を結びつけることができる施設となりそうだ。

プロフィール
宮浦 一郎(みやうら いちろう)
1953(昭和28)年7月生まれ。現在、岐阜教区第1組観音寺住職(岐阜県岐阜市)。
大谷大学真宗学科卒業後、1976(昭和51)年に本山宗務役員として奉職。1990(平成2)年に名古屋教務所次長、以降、四国教務所長、日豊教務所長、組織部長、宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌本部事務室事務部長、東京教務所長、総務部長を歴任。2013(平成25)年7月1日から大阪教務所長兼難波別院輪番を務める。


真宗大谷派 難波別院(南御堂)
〒541-0056 大阪市中央区久太郎町4-1-11
TEL. 06-6251-5820 
http://minamimido.jp/

2017-08-07 | Category インタビュー

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