【風まかせ15】「三柱鳥居の話が…風に吹かれて」vol.01


三柱鳥居

三柱鳥居という謎を秘めた不思議な鳥居がある。

 
そこで、そもそも鳥居とは・・・と考え始めたところで、かねて喉に刺さった小骨のように心に引っかかっていたある疑念が膨らんできた。それはトーラーまたは律法と称されるユダヤ教、キリスト教、イスラム教に共通する教典との関わりである。律法とはあまり馴染みのない言葉だが、キリスト教でいう旧約聖書のことだといえば、それならば知っているとうなずく人も多いはず。その“出エジプト記”に鳥居の起源ともいうべき記述があるのだから、細かいことが気になるタチの筆者である、風まかせよろしく風に吹かれて三柱鳥居の話はあさっての方角へと飛んでいく。

要はこうである。エジプトで奴隷のごとく虐げられていたイスラエルの民(ヤコブの末裔)がモーセに率いられ、故地カナンへと脱出する譚はなしのなかに重要な舞台装置として鳥居が登場してくるのである。そして、その鳥居に絡む奇妙な物語が我が国の蘇そ みんしょうらい民将来伝誦に酷似し、何故か鳥居の話が八坂神社の祇園祭へと行きついてしまうという話である。イスラエルの民がエジプトから抜け出すことを頑なに拒むエジプト王ファラオに対し、ヘブライの絶対神ヤハウェは次々と禍ま がごと事を見舞う。解放の約束を度々反故にするファラオに業を煮やした神が最後の鉄槌を下したのが、初子の災禍という身の毛もよだつ報復劇である。

エジプトの人や家畜の長子を皆殺しにしてしまうというものだが、イスラエルの民を巻き添えにせぬように予め識別の徴しるしを諭す。生贄とな子羊の血をヒソプという薬草にたっぷりつけ、家の門の二本の柱とその鴨居に塗りつけ、一切、その門から出るなと命じたのである。真夜中になって、ヤハウェはエジプトの闇のを飛行する。そして赤い門の家だけは過越して、エジプト中の人や家畜の長子を打ち殺したのである。その惨劇に慄おののいたファラオはモーセに急ぎこの地を立ち去るように伝えた。ようやく解放されたイスラエルの民は神から約束されたカナンの地へ戻ることになる。その故事にちなみ過越しの供儀と名付けられたユダヤ教の重要な祭りが春の季節の一週間、今日まで絶えることなく守り続けられてきた。

キリスト教の旧約聖書
律法(キリスト教の旧約聖書)

 
さて、目印となった赤く塗られた二本の柱とその上に架けられた横木であるが、その形状は朱色の鳥居そのものである。この鳥居が災禍を免れる徴標であったという点は、我が国の鳥居の内が清浄な神域であり災厄から隔離された空間であるとの約束事と見事に平仄が合う。しかも、鳥居(torii)はヘブライ語で門扉を意味するTar’a(タラー)の転てんか訛であるとの説などは古代史ファンにはあまりに魅惑的に過ぎるのである。

龍田大社・両部鳥居
風の神を祀る龍田大社・両部鳥居

 
翻って、備後国風土記逸文に王子神社(福山市)の由来を語る「疫隈の国つ社・蘇民将来」なる一文が伝えられている。そして鎌倉時代の釈日本紀は、「これ則ち祇園社の本縁なり」と当神社が京都の八坂神社(旧名・祇園社)の起源であると注釈している。つまり、八坂神社のご祭神である素戔嗚尊(すさのおのみこと)と八人の御子神が防疫の神と崇められるようになった発端がこの地にあったというわけである。

逸文は素戔嗚尊であることを隠した武塔の神がこの地に住む将来兄弟に一夜の宿を求めたことに始まる。資産家の弟・巨旦将来はその依頼を邪険に断る。一方で、兄の蘇民将来は貧しい生活のなかささやか乍らも粟飯などで歓待する。数年後、武塔の神は御子神たちを連れ蘇民のもとへ立ち寄った。そして、家族が家にいることを確かめ、腰に茅の輪をつけるようにと告げる。夜が訪れると武塔は神の意志を疎とんじた者への報復を開始、蘇民とその娘を除き巨旦や世の人々を皆殺しにした。己の正体を明かした素戔嗚尊は、今後、流行り病など災いが起こるとき蘇民将来の子孫であると宣言し腰に茅の輪をつけよ、さすれば災厄を免れると諭さ としたという譚である。

王子神社(福山市)
蘇民将来伝誦縁の王子神社(福山市)

vol.02へ続く

2017-08-07 | Category コラム

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