【風まかせ15】「三柱鳥居の話が…風に吹かれて」vol.02


初子の災禍では護符が血で染めた赤い鳥居であったものが、こちらでは茅の輪に代わっているものの、夜になって荒ぶる神が殲滅の災禍を見舞う内容には驚きを禁じ得ない。鳥居の中に身を隠したヤコブの末裔であるイスラエルの民を除き、エジプトの長子がことごとく殺されたのと酷似している。しかも、過越しの供儀のなかに腰に紐を締めよという掟があるが、茅の輪を腰に着けよというお告げまでもが似通っている。

さらに蘇民の妻は家族であるのに命を落としている。これは律法・創世記のソドムとゴモラの罪深い町が天から降り注ぐ硫黄の火で全滅する下りにあるアブラハムの甥・ロトと家族の運命そのものなのである。神ヤハウェはロトとその妻、娘たちに生かしてやるから町を出ろと告げる。神との約束を守ったロトと娘は生き残り、約束を破った妻は命を失い死海の塩柱となった。おそらく殺された蘇民の妻も尊の怒りに触れる掟破りをしたに違いない。そんな蘇民将来の話に顕れた素戔嗚尊をご祭神とする京都の八坂神社。過越しの祭りには及ばないが、その創始を千百年前にもとめ、氏子たちが災厄の除去を祈る神事として営々と守り通してきた祭りこそが京都の夏の風物詩となった祇園祭なのである。

祇園祭宵山の八坂神社
祇園祭宵山の八坂神社
武塔の神の故事に倣い、祭りに参加するものは皆、「蘇民将来子孫也」と墨書された護符を身につけ、7月31日に蘇民将来を祀る境内摂社・疫神社で執り行われる夏越祭で茅之輪守と粟餅を社前にて授与し、ひと月にわたる祇園祭の幕が閉じられる。

この手の話は明治時代に日猶同祖論が唱えられて以来、日本人のみならずユダヤ人の一部の人々のなかで根強く支持されてきた。北イスラエル国の滅亡とともに二千七百年前に姿を消したイスラエルの“失われた10支族”の一部が日本へ渡ってきたという譚である。かのイザヤ・ベンダサン(山本七平氏)も同祖説を証明したものには全財産を贈ると遺言を残したユダヤ人の大金持ちが南アフリカにいたとの貴重な?情報を伝えているほどである。

祇園祭・長刀鉾が神域に近づく
祇園祭・長刀鉾が神域に近づく

縷々これまで述べてきた日猶文化の相似性を世界広布説話の類と一笑に付すのは簡単である。しかし、その片々が今日まで延々と祭りや習俗として現実に継承されていることは、一面、そうした精神文化を宿す民が確かにこの地にやって来て、供儀の掟を守りながら生き永らえてきたことの証であるともいえる。祇園祭の山鉾を絢爛に飾る懸けそう装品のなかに世界に数点しかない幻の絨毯を含め三十余品におよぶムガール・イスラム王朝やペルシャ最盛期の絨毯・タペストリーの逸品が室町や江戸時代から使用されていることを知る人は少ない。なぜ、世界の垂涎の的となる幻のイスラムの織物がかくも多数、極東の地に、しかも祇園祭という厄除け神事に集結したのか、ある強い歴史の意志が感じられてならない。ヘブライ語でミ・ガドー(mi gadol)は偉大な者という意味だそうだ。我が国の偉大な方とはミカドのことである。そして10支族のうち日本に渡ってきたのがガド族といわれていることも付言しておく。三柱鳥居は次回のテーマに譲るが、日猶同祖論の真偽は風まかせならぬ、蒸し暑い夜風に抱かれて、京の夜空の闇の中へ姿を溶かし韜晦(とうかい)を決め込んでいるのに違いない。

月鉾の懸装 ムガル絨毯 前懸・メダリオン中東連花葉文様ラホール絨毯
月鉾の懸装 ムガル絨毯 前懸・メダリオン中東連花葉文様ラホール絨毯

北観音山(曳山)の胴懸・ムガル絨毯
北観音山(曳山)の胴懸・ムガル絨毯

プロフィール
野田博明(のだ・ひろあき)
野田博明四国霊場 雲辺寺にて
昭和26 年生まれ。東大卒。日本興業銀行広報部長などを経て、現在、一般社団法人全日本社寺観光連盟理事。平成27 年文化庁・官公庁共管の「文化財の英語解説のあり方に関する有識者会議」、平成29 年文化庁の「文化財の多言語解説等による国際発信力強化の方策に関する有識者会議」の委員。

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2017-08-07 | Category コラム

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