【風まかせ14】「かぐや姫はなぜやってきたのか」


前回の桃太郎につづいておとぎ話を語ろうとかぐや姫の本文をはじめて紐解いた。おとぎ話に本文とは大仰な物言いだが、竹取物語は、かの紫式部が「物語の出で来はじめの祖(おや)なる竹取の翁」と評した歴(れっき)とした古典文学である。桃ちゃんや浦ちゃんには申訳ないが、口頭伝誦や口承文学とは異なり、文字で書かれた物語の嚆矢とされている。

この千百年前に創作された物語がとんでもなくシュールでクール、しかも皮肉と機知と批判精神に富んだ超一級の読み物であるのには驚くばかり。粗筋は凡そ知っているつもりでいたが、21世紀のわれわれに訴えかけてくるものが半端でないことに感服、その巧妙な筆致に作者の並々ならぬ教養を感じる。


1・讃岐神社拝殿 讃岐神社拝殿


2・讃岐神社本殿 讃岐神社本殿

一二、例をあげてみる。かぐや姫を娶りたいと多くの男たちが闇夜も厭わず垣根に穴をあけ這ってでも館に忍び込もうとするが、それを“夜這い”と呼び始めたのはそれからであるなどという一文はへぇ〜とその軽妙な語り口と併せて舌を巻く。また、右大臣・阿倍御主人(あべのみうし)がかぐや姫の望む不燃の火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)なる珍宝を大枚はたいて入手した話も念が入っている。結局、右大臣は偽物をつかまされ衣は燃え尽きてしまうのだが、姫を妻にできなかった“ 阿部(あへ)は顔色なし”、努力しても願い叶わず気落ちすることを“あへなし”というようになったと洒落てみせる件(くだり)など秀逸である。

ついには貴公子たちはかぐや姫の難題を悉くこなせず挫折することになる。その滑稽な登場人物たちが実は壬申の乱の渦中でうごめいた重臣や皇子たち、さらに最後の求愛者となる帝(みかど)は天武天皇というのだからそのキャスティングの豪華さには驚き入るし、それを一片の未練もなく袖にしてしまうかぐや姫の痛快さに当時の女性たちはやんやの喝采を送ったに違いない。

そこで、舞台は大和のどこになるのかとやおら地図を広げ、眼光紙背に徹した。手がかりは物語冒頭に出てくる竹取の翁の「讃岐造(さぬきのみやつこ)」という名とかぐや姫の名づけ親である「三室戸(みむろど)の忌部(いんべ)の秋田」という記述にあった。すると奈良の西端、斑鳩(いかるが)の南部のなだらかな丘陵地帯に目指す地名や神社がキラキラ光ってみえるではないか。北葛城郡の広陵町三吉(みつよし)に讃岐神社という式内社があった。平安時代にはこの地を廣瀬郡散吉郷と称しサヌキと呼ばれていた地域である。その祭神は讃岐伊能城命(いのしろのみこと)、ひょっとしたら竹取の翁のことなどと夢想してみる。讃岐造とは散吉(さぬき)郷の村長さんということであるから、かぐや姫の館はまさにこの周辺ということになる。


4・水の神様を祀る廣瀬大社 水の神様を祀る廣瀬大社 (北葛城郡川合町)

次に讃岐神社の南東6kmに忌部(いんべ)(橿原市)なる地名が認められた。そこには忌部氏の祖神である天太玉命(あめのふとたまのみこと)を祀る文字通りの天太玉命神社がある。香川県善通寺市に大麻(おおさ)神社という天太玉命を祭神とする古社がある。金比羅宮のある象頭山(ぞうずさん)に連なる大麻山(おおさやま)の麓に鎮座し、大和に移り住んだ讃岐忌部氏の本貫地である。忌部氏は祭政一致の古代、中臣氏とともに国家祭祀を司る両翼の地位を占めていた。祝詞(のりと)という言霊を介して神と交流する中臣氏に対し、忌部氏は大麻(たいま)という名が表すように強い幻覚作用をもつ麻の雌株の特性を知悉し、異次元感覚をもって神と交流を図る職能集団であった。また、讃岐神社の北西6kmほどに龍田大社(生駒郡)を挟み二つの三室山がある。その入山口にあたる三室戸に忌部氏の長(おさ)である秋田さんが居を構えていたのだろう。


7・橿原市忌部町の天太玉命神社橿原市忌部町の天太玉命神社

この讃岐神社から龍田大社にいたる丘陵の一部には現在、広大な竹取公園が整備され、その周辺には竹林が群生する。かぐや姫はこの辺りで翁に見つけられ、美しく育ち、そして言い寄る色男たちを拒絶し、八月十五日の満月の夜、雲に乗ってきた天人たちに迎えられ月の世界へと戻っていく。斎竹(いみだけ)を材料とした竹珠(たかだま)は特別な呪力を有するとされる。竹珠を首にかけ幻覚作用を昂じさせ天語(あまがた)りする忌部の人々。この地は神と遭遇できる霊感あふれる、当時、名高い“妖(あやかし)”の地であったのではないか。だからこそ人々は光る竹の中から三寸ばかりの女子が生まれ、三ヶ月もしたら美しい女人となったなどというシュールな話にも、竹の呪力と大麻の幻覚により十分、得心したのである。


3・風の神様を祀る龍田大社 風の神様を祀る龍田大社(生駒郡三郷町)

さて、そんな妖(あやかし)の物語にも大きな疑問が湧き上がってくる。かぐや姫はなぜ穢(けが)れた地上へわざわざ下りてきたのか。世の男たちを手玉に取り、帝(みかど)のお召しにも「畏れ多いとも思いません」と言い放ち、「命令に背いたというのなら、さっさと殺して」と激越な言葉を吐く。


8・大麻神社(善通寺市)拝殿大麻神社(善通寺市)拝殿

中納言の石上麿足(いそのかみのまろたり)に至っては燕(つばくらめ)の産卵時に出現する幻の子安貝だと勘違いし、こともあろうに燕の糞を掴み、転落した挙句に絶命する。“糞だり蹴ったり”と洒落にもならぬ非才の筆者に対し、ここでも作者は冷淡である。麿足のように頑張っても期待に副わないことを“甲斐(貝)なし”というようになったと駄洒落てみせる。そして、それまでしばしば見せるかぐや姫の凍りつくような冷淡さにも鼻白むものがある。こうなると世の男性の声を代弁して云わねばならぬ。「いいかげんにせぬと痛い目にあうぞ」と。

各地に羽衣伝説は色々ある。大方は羽衣を失った天女は地上の男性と夫婦になって、男を幸せにしたのち羽衣を奪い返し天界に戻っていく。それなりの情実味をしめす天女が一般的である。然るにこのかぐや姫ときたら何だ!つい声を荒げてしまう。「地上の男がそんなに嫌なら何で下界にやってきたのか」と。この単細胞の怒りに、雲に乗った“王とおぼしき人”は「かぐや姫は罪をつくりたまへりければ、かく賤(いや)しき」地上にいらっしゃり、いま、その罪障が消滅したのでお迎えに参ったと応えるのである。


5・散吉郷の竹林散吉郷の竹林

ここで凡夫の悩みは深まる。月世界は罪という概念が存在せぬ無垢の世界のはず。“王とおぼしき人”が敬語を使うほどのやんごとなきかぐや姫が天界で犯した罪とはいったい何か。悪あがきの末、凡人の至った答えは「完璧」という罪であった。至高の美と清らかさを具現する月世界の王女は天人ですら触れぬことのできぬ孤高の存在であった。為に、美しすぎる清らかすぎる科(とが)で穢れの充溢する地上へ下ろされた。下世話な言い方だが、俗世間の垢に少しは塗(まみ)れて来いといったところである。そして暫く地上界の空気を胸一杯吸ったかぐや姫は不死の薬をひと舐めすることで穢れを祓(はら)い天人並みの清浄の身となる。さらに天の羽衣をまとうと「物思いなくなり」、一切の感情を失い、月へと帰っていく。ただ衣を着る前に、かぐや姫は心憎からず思い始めていた帝に不死の薬を添えて手紙をしたためた。


6・竹取公園とかぐや姫竹取公園とかぐや姫

残された帝の“かぐやロス”は甚だしく、生き残る意味はないと手元の手紙と不死の薬壺を天に最も近い山で燃やし尽くせと命じる。そこで、勅使が大勢の士(つわもの)どもを率い駿河国の山へ登り、すべてを燃やした。それから、煙は絶え間なく雲の中に立ち昇っているのだという。作者は最後に語る。かの山の名は不死の薬を燃やしたので“不死の山”と・・・。先回りした読者はここでニンマリするところだが、豈(あに)図らんや、士をあまた供にして登った山だから“士に富む山”すなわち“富士山”だと見事な肩透かしをくわせる。「いよっ!竹取屋〜」、見事に一本とられた。

<著者紹介>
野田博明(のだ・ひろあき)
昭和26 年生まれ。東大卒。日本興業銀行広報部長などを経て、現在、一般社団法人全日本社寺観光連盟理事。平成27 年文化庁・官公庁共管の「文化財の英語解説のあり方に関する有識者会議」、平成29 年文化庁の「文化財の多言語解説等による国際発信力強化の方策に関する有識者会議」の委員。

2017-05-06 | Category コラム

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