梅雨が決定づけた日本人の精神性とは⁈ 森上逍遥 著『侘び然び幽玄のこころー西洋哲学を超える上位意識』

究極の日本精神文化論!平易で美しい表現ながら、奥深い日本の真髄を解き明かした「わび・さび」本の決定版! 本書を読まずして日本文化は語れない‼

桜の花出版株式会社のプレスリリース

「わびさび」は日本人の生きる哲学

質素で孤絶の相である「侘び」、孤高で威厳を漂わせる「然(さ)び」―日本人が精神の支柱としてきた、わびさびを、現代に生きる哲学として、さらには、死生観、悟りの境へとつながるものとして据え直した話題作です。

「海外でも知られるWabi-Sabi」

「侘び然び(侘び寂び)」の美学(哲学)は、海外でもWabi-Sabi とか、wabisabiとして知られています。日本人の世界観や、不完全なる美、また仏教の無常観と結びついたものと説明されています。しかしながら、日本人である私たちは、果たして、「侘び」と「然び(寂び)」について、本当に理解しているでしょうか。
この本を読めば、侘び、然び(寂び)、幽玄の概念も、それぞれの違いも明瞭になります。世界に冠たる日本の精神文化の真髄を説き明かし、従来の学説に異論を投げかけた衝撃の書です。

あなたは「侘び然び(侘び寂び)」について説明できますか

森上逍遥 公式ホームページより、本書の解説をご紹介しましょう。

真実の歴史は、下層の民衆たちによって創られてきたことを人びとは忘れてしまっている。曽てこんな「わびさび幽玄」本はなかった。侘び然びわびさびをこうも明瞭に解説し得たものは他にはない。画期的な内容ということが出来る。従来の学説を覆し、本物の侘び然びわびさび幽玄を語っている。風は限りなく風らしく、光は限りなく光らしく、大地は限りなく大地らしく土の薫りを醸し出す。その人生を癒やす為に日本人の魂に根付いてきた「侘び」観。人々の苦悩を呑み込み、悲しみを和らいで日本人の精神性と人格とを高めてきた。日本人の歴史そのものとしての侘びは、天皇から民衆までも隔たりなく同位に包んで現代に伝えられてきた。禅の哲学を取り込み、無一物への志向を強めながら、人々の超越する想いを表象してきた。日本史2670年の底辺に生きた民衆の悲しみとその忍耐性、そして1000年に及ぶエリートたちの然びさび(寂び)とを追究する知的ロマンの旅である。
果たしてデカルトやカントにも勝る程の哲学性が有されているのか、その侘びの源流にも触れていく。
日本人の精神の支柱と言われながら、日本人の大半がその説明が出来ないという恥ずべき現実と「侘び然びわびさび」の不可解さ。このままではこの国から絶滅危惧種化しそうな勢いで、忘れ去られようとしている。いま、ここで立ち止まり、日本民族としての精神について、真正面から問いかけてくる斯書に読者は腕組みをして、真剣に思索への道を歩み出すだろう。
これは日本人としてのアイデンティティを確立する為の必須の体験である!

日本人を決定付けた梅雨の存在

本書 第一章 <「侘(わ)び」の世界>「日本人を決定付けた梅雨の存在」
次のように始まっています。

「しろしかねー」

筆者が幼い時よりしばしば聞かされた言葉である。「しろしい」の変化した語である。それは、梅雨の時のみに用いられた季節限定の言葉である。筆者が生まれ育った九州は、関東などでは全く思いもしない程の量の雨が降る地域である。ただの普段の雨も関東の人が出遭うと豪雨という驚きになる程に、雨に対する本州の人たちとの感覚の差は埋め難いものがある。経験的には本州の人たちも台風を知っているのだが、毎年当たり前の様にその暴風雨に晒される九州人にとって、それは日常の一コマであり受け入れなければならない「定め」でもあるのだ。その度に川は氾濫し田畑は荒れるのである。

だが、筆者はそんな台風が嫌いではなかった。学校が休みになるからばかりではない。その荒れ狂う大自然の猛威に晒されていることが、何故か心地良かったからである。海は荒れ狂い小さな船を呑み込んでいく。その様な時に船に乗れば、巨大な波の中にすっぽりと船影は隠れ、自分の目線の数メートルも上から、その荒れ狂った波が襲ってくるのである。それは当時の筆者にとって生きているという強い実感が持てる「生かされた精神」の満ちる時であった。幼い時より一度としてそれを怖いと感じたことはなかった。

台風一過と言うが、その時の海辺は砂浜を抉えぐり取られ、寒々とした光景へと変わっている。しかしそれも日と共にすぐに元に戻り、また綺麗な浜辺が出現する。何事もなかったかの様にまた平穏な日常が始まるのである。この循環を一つの法則と理解する人としない人の知性の差は大きい。自然を介して輪廻無常を学び取らない人は愚者と呼ばれても仕方がない。

この台風の時に「しろしい」とは誰も口にしない。それは、梅雨の時にのみに用いられる言葉であるのだ。ところが、後に関東に移住した筆者は六月になって驚いたものである。なんと関東には梅雨が無かったからである。有るのは、ただどんよりと曇った日々が続くだけで、しかもたまに降るだけの凡そ雨とは思えない小雨が散見せられただけだったからだ。しかしそれは貧乏学生にとって随分と助かった。下宿の窓の隙間から雨粒に襲われなくて済んだからである。よくよく生活してみると、関東にはほとんど台風らしき台風はやってきたことがなく、梅雨もなく、これでは大自然から学ぶ所の精神の昂揚や深い洞察や諦観といった哲学性は、獲得仕得ないと感じたものである。

この台風の時に「しろしい」とは誰も口にしない。それは、梅雨の時にのみに用いられる言葉であるのだ。ところが、後に関東に移住した筆者は六月になって驚いたものである。なんと関東には梅雨が無かったからである。有るのは、ただどんよりと曇った日々が続くだけで、しかもたまに降るだけの凡そ雨とは思えない小雨が散見せられただけだったからだ。しかしそれは貧乏学生にとって随分と助かった。下宿の窓の隙間から雨粒に襲われなくて済んだからである。よくよく生活してみると、関東にはほとんど台風らしき台風はやってきたことがなく、梅雨もなく、これでは大自然から学ぶ所の精神の昂揚や深い洞察や諦観といった哲学性は、獲得仕得ないと感じたものである。・・・・・(続く)

目次

『侘び然び幽玄(わびさびゆうげん)のこころ ─西洋哲学を超える上位意識』
〈目次より抜粋〉
序 章 「わびさび」が説明できない
第1章 日本人を決定付けた梅雨
第2章 陰の幽玄/透き通る陽性の幽玄
第3章 「わびさび」の語源
第4章 陽性の「侘び」との出会い/デカルト・懐疑法より上位としての「侘び」/ カント純粋理性批判の所与ア・プリオリの未熟
第5章 再定義/美意識の結晶
第6章 中観と唯識/「侘び茶」の矛盾
第7章 鈴木大拙の孤絶/孤絶観と悟り
第8章 茶の始祖一休/一休の迷い
第9章 全てのものは枯れゆくもの/西洋的心理構造では悟れない
第10 章 侘びと悟り/人生の意味を問う/風情/侘び然びの完成

書籍概要

『侘び然び幽玄(わびさびゆうげん)のこころ ─西洋哲学を超える上位意識』
定価:1,760円(税別)
ページ数:304ページ
ISBN-13:9784434201424
発売日:2015/1/14
サイズ:四六判上製本
発行:桜の花出版/発売:星雲社

森上逍遥(もりがみ しょうよう)プロフィール

福岡生まれ。文筆家。思想家。
中学・高校とミッションスクールの西南学院に通い、キリスト教教育を通して聖書と西洋思想に親しむ。高校卒業後、しばらく精神の放浪にて見聞を広めた後、立正大学仏教学部に特待生として入学。昭和54年度卒。卒論は『龍樹研究』で空観に於ける異蘊の解明を論じた。業界紙記者などを経た後アメリカに移住。地球世界の文化を見て歩き人間研究を行なう。後に帰国。著書に『侘び然び幽玄のこころ』『人生は残酷である』『タオと宇宙原理』『ループ 忘れ去られた記憶の旅』『科学者たち58人の神観』(桜の花出版)がある。令和2年5月、森上逍遥に改名。

桜の花出版 株式会社

人としてどう生きるべきかーいつの時代も変わらない人類永遠のテーマです。
桜の花出版は、より良い医療と健康な生き方を提案する『国民のための名医ランキング』、歴史を知るための必読書である『シリーズ日本人の誇り「日本人はとても素敵だった」』『THE NEW KOREA』、『侘び然び幽玄のこころ』『タオと宇宙原理』など長く読み継がれる書籍の刊行を通じて、皆様の人生を豊かにする一助となれるよう願っています。

桜の花出版 株式会社
所在地 :〒194-0021 東京都町田市中町1-12-16
設立 :1998年6月
事業内容 :出版
URL :https://www.sakuranohana.jp/books/

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