シリーズ第4回:失われた人類遺産を復元! クローン文化財による世界文化の共有【東京藝大美術館「みろく展」開催記念特集】

■東京藝術大学美術館「みろく–—終わりの彼方 弥勒の世界——」図録シリーズPart3
最先端スーパークローン技術を駆使して人類共通の遺産を復元している東京藝術大学COI(センター・オブ・イノベーション)による「みろく–—終わりの彼方 弥勒の世界——」展の開催を記念して、実際に現場で制作に携わった諸先生方によるレポートをシリーズでご紹介します。

※本展は「東京藝術大学アフガニスタン特別企画展」(2015年)、「素心伝心 —クローン文化財 失われた刻の再生」(2017年)に次ぐ、文部科学省が推し進める「革新的イノベーション創出プログラム」事業の成果発表の場となる展覧会で、当記事は東京藝術大学COIより特別に許可を得て公式図録から転載するものです。下記の記事とあわせてお読みください。

クローン文化財による世界文化の共有

東京藝術大学COI拠点

はじめに

現代社会において、文化財は厳重に保存される一方で、公開が求められるという矛盾を抱えている。最も確実な保存方法は非公開とすることであるが、文化財や美術品はそれらを保有する各国にとって重要な観光資源でもあり、人類の貴重な共有財産として公開が求められる傾向にある。歴史的、文化的価値の高い考古遺物や美術品が広く公開されることは、文化の歴史を知り、未来への発展に寄与することであるが、保存と公開を両立させることは非常に困難である。こうした問題を解決するため、東京藝術大学では芸術と科学技術の融合による高精度な文化財複製「クローン文化財」の技術開発に着手した(*1)。

文化財は経年変化や環境要因による劣化、天災や人災による破損、消失の危機に常に晒されている。特に絵画などは紫外線や温湿度の影響による劣化が避けられず、保存を優先するのであれば一般公開はできない。そのため、文化財は、その保全のためにオリジナルの公開を制限し、レプリカやデジタル画像などの代替品を展示する手法がとられることは珍しくない。

近年ではデジタル技術の発達により高精細画像の撮影や印刷が可能となり、レプリカの質も確実に向上している(*2)。しかし、依然として複製品はオリジナルより価値の低いものという認識が一般的で、どんなにデジタル技術を駆使し高精細複製の技術を競おうとも、鑑賞者に新たな芸術作品として受け入れられることは難しい。

*注1. 東京藝術大学はこれまでに壁画、絹本絵画、板絵の質感を伴う複製技術でそれぞれ特許を取得しており(特許第4559524号、特許第47557224号、特許第5158891号)、クローン文化財開発はその研究の延長線上に位置づけられるものである。
*注2. 文化財複製事業の先行事例として良く知られるものに、キヤノンの「綴プロジェクト」や大日本印刷「伝匠美」の取り組み等がある。また、大塚オーミ陶業株式会社は陶板技術を応用した文化財複製制作の実績があり、陶板複製で各国の名画を一同に展示する大塚国際美術館は世界的にも有名である。ただし、いずれの取り組みも複製の再現性に重きを置いており、復元にはやや消極的であるといえる。

敦煌莫高窟第57窟の再現 Ⓒ東京藝術大学COI拠点

クローン文化財とは

クローンとは、同一の起源を持ち、均一な遺伝情報を持つ核酸、細胞、個体の集団を意味する生物学用語である。ここで提案する文化財複製は、コピーやレプリカと訳されるような単なる複製作品ではなく、オリジナルと同素材、同質感を目指して、技法、素材、文化的背景など、芸術のDNAに至るまでを再現する、まさしく文化財のクローンなのである。

日本における文化財は、古くより模写(模刻、模造)という形で伝承されてきた。模写は信仰、学習、技巧の継承など多様な目的により行われ、劣化を免れない文化財と成り代わってその信仰や芸術性を次世代に伝える東洋独自の文化であった。仏画や絵巻物などには、オリジナルが消失し、その写しによって現代に伝えられている作品も多く、オリジナルに代わるものとして同等の価値が認められている。

また、写し手の技量や歴史的背景によってはオリジナルを超える付加価値が生まれることさえある。オリジナルのみに絶対的な価値を置く西洋的なオーセンティシティ(*3)とは異なる考え方であるが、部材の交換や造替、移築をおこなう木造建造物のあり方が西欧にも少しずつ浸透し、「もの」に依らずに文化を継承する思想が認知されつつある(*4)。

*注3. Authenticity「真正性、信憑性」を意味する。主に建造物の保存、修復において、それらが持つ美的価値や歴史的価値のことをいう。
*注4. 1994年、オーセンティシティに関する奈良会議が開催され、非西欧文化圏の建築遺産や、無形の行事を中核とした歴史的な遺産などの特性を含める意味で、オーセンティシティを、形態と意匠、材料と材質、用途と機能、伝統と技術、立地と環境、精神と感性、その他内的外的要因が当初から変わらずに保持されつづけているとすることで合意が得られている。

日本における模写は単なる複製(コピー)とは意を異にするものであり、文化財の状態を精査し、芸術性や技法の研究を通じてその精神性と新たな芸術を創出する創造性の源泉までも次世代に伝える特異な芸術的行為である。東京藝術大学では、そのような熟練の技術によって極められた伝統的な模写の技術と芸術家の感性に、現代のデジタル撮影技術や2D、3Dの印刷技術を融合させることにより、流出または消失した文化財を再現し、高精度かつ限りなく同素材同質感に近い複製を創り出す特許技術の開発に成功した。クローン文化財の制作では、オリジナルの詳細な調査を行い、絵具や基底材など素材の成分、表面の凹凸、筆のタッチまで忠実に再現することを目指している。

クローン文化財の最も大きな特長は、流出、破損、消失などにより、すでに失われてしまった文化財、美術品も再現可能なところにある。過去に保存してあった資料の活用により消失してしまった文化財の復元や、オリジナルを傷めることなく変色してしまった作品の復元も可能になる。単に公開するための複製ではなく、制作当初まで復元するなど幅広い目的に応じた複製制作が可能であり、そこに従来のレプリカとは一線を画す付加価値が生まれる。

文化財は文字通り文化的な「財産」であり、これまではオリジナルを所有できることが有価値であったが、これは言い換えれば文化の独占に価値が置かれてきたということである。文化はクローンによって共有できる。同価値のものがいくつも生まれ、沢山の人がふれることができる。単に代用品として展示するのでなく、高精度の複製を作ることで多くの人が芸術文化の恩恵を受けることができ、文化を発展させることができる。文化財を物質的に再生するだけでなく、根源にある信仰や芸術性、精神性までも再現し継承するクローン文化財は、紛争やテロによる文化財破壊行為の無効化、抑止にもつながる。まったく新しいやり方で、文化の共有と平和共存を訴える手段ともなり得るのだ。

以下、これまでに制作した様々な文化遺産のクローン文化財をのなかで代表的なものを挙げる。

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