近年の変わらぬ仏像ブームで仏像ガールも引き続き増殖中だが、そうしたなか、奈良と仏像を溺愛する一人の女性アーティストが満を持してこの春、ポップでキュートな「仏像靴下」をリリースした。弥勒菩薩・如来・百済観音と3種類あるヘタウマな仏像画が編み込まれているカラフルな靴下には、作者のある願いが込められていた。
コロナ禍の昨年(2020年)6月、仏像ファッションブランド「BOSATSU BRAND(菩薩ブランド)」が秘やかに誕生した。菩薩が大好きな奈良県出身のアーティスト・ニシケケ夏ノコ(かのこ)さんが1人で立ち上げたブランドである。初年度は仏像Tシャツと長袖Tシャツを送り出し、そして今回、仏像靴下がかわいく誕生。
製造は、靴下の生産日本一!奈良県広陵町のヤマヤ株式会社が担当した。広陵町は古くから靴下の原料となった大和木綿の産地だった。インド綿が入ってきた明治以降は、近代的な紡績技術を導入して日本の靴下産業を牽引した地域。
そんな歴史を持つ広陵町で、ヤマヤはオーガニックコットンにこだわった良質な靴下を作り続け、おウチ時間が増えたコロナ禍でも売上を伸ばしている。一つの機械で生産できる靴下が、1時間にわずか10足という職人仕事だと聞いて、そのあまりのアナログに驚くばかりだが、ニシケケさんはそれよりも、ヤマヤの靴下を見て「こんなかわいい靴下を作れるメーカーがあるなんて!」と心ときめき、制作をお願いした。
オーガニックコットンで丁寧に編まれた靴下は、長時間履いても、やさしく足を包んでくれて苦しくない。それに、靴下が消耗品だと思ったら大間違いだ。きちんとつくったモノは長持ちする。ニシケケさんの仏像靴下は、ただ単に奇をてらった商品ではなかった。
ところで、ここで衝撃的な事実をお伝えしなければならない。聞いて驚くなかれ、音楽家のニシケケがヘタウマな仏像画を書き始めて、まだわずか1年ほどしか経っていないのだという。そしてそもそも彼女は、それまでまともに絵を描いた経験もなかったのだ。あるのはただ、奈良と仏像への尋常ならざる「愛」だった。
「しんどいときに仏像は、そっと寄り添ってくれる存在だから」と仏像靴下を生み出した。ポップなカラーとヘタウマな仏像画を組み合わせているのも、「生活の中で仏像に親しみを持ってもらいたい」というその一心からだ。だから、親しむきっかけとして、弥勒菩薩・如来・百済観音とそれぞれの仏像靴下ごとに、効能を記した紹介カードも付けてみた。
仏像に心奪われ、そしてお寺で働いた日々
ニシケケさんは学生時代、心が折れてしまった時期があった。そんな時、すがるように仏教の本を読んだ。そして気付いた。「仏教って面白い!」と。
仏像王国・奈良生まれのニシケケさんだが、それまではお寺や仏像に特に興味はなかった。しかし、目覚めてしまった。東大寺の大仏さまに会いに行き、ぼんやり眺めているだけでホッとする自分がいることに感動を覚えた。次に会いに行った仏像は、法隆寺に隣接している中宮寺の本尊、「ほほえみの御仏」として知られる、アルカイックスマイルを浮かべたあの菩薩半跏思惟像だ。
「見た瞬間に、心を奪われました。優しく見守ってくれて、許してくれて。人間っていろんなことにつまずくけれど大丈夫だよ、と安心感を与えてくれるような不思議な魅力を感じたんです」
大学卒業後、本格的に音楽活動をするためにアルバイトを始めた。その仕事先がまさかの「寺」だった。
「学生時代の同級生がお寺のお嬢さんだったんです。ライブ活動中心の生活だったので、シフトが決まっているようなアルバイトができないんですよ。見かねた友人が、実家の寺で働いてみないかと誘ってくれたんです」
学生時代、仏像に心奪われて寺巡りをして救われた。そして社会に出てまた、寺に救われた。「これも何かのご縁なんだろうなぁ」と彼女はそのご縁を振り返り感謝している。
同級生は実家の寺で、イベントの開催やカフェの運営をしていた。その手伝いをしながら、若い女性がたくさん訪れている様子を見て、「こんな風に若い人がお寺へもっと来るようになれば、小さなお寺でも大事にされ続けるんだろうな」と感じたという。
と同時に、同級生から聞いた「どこにいて何をしていても、お寺の子と見られるのがいやだった」という思いもわかるような気がした。お寺とその周辺の垣根がなくなればいい。自分はお寺の応援がしたい。そうした思いが募っていくのを感じていた。
かわいい仏像画で、若い人をお寺に振り向かせたい
「自分は仏像に救われました。お寺も大好きです。そして友人は、お寺の子だというだけで苦労したのに、今はお寺のために頑張っている。その姿を見ていて、何か自分にできることはないのかと考えました」
いつか仏像やお寺にまつわる小物を作って暮らしていければ、そんなことを考えていたことがあった。意識の下で静かに眠っていた夢が甦ってきた。やるなら今だ。そんな思いが、仏像ファッションブランド「BOSATSU BRAND」の立ち上げへとつながった。それまでミュージシャンとして活動してきたが、その活動を止めてまで、自分がやらねば、と・・・・・・。
うまくいくかどうかなんて、やってみなければわからない。恐れていては前には進まない。まずは手軽に作れるプリントのTシャツを作り、すぐに始められるネット販売をスタートさせた。だがしかし、コロナ禍の外出自粛ムードで巣ごもり一色の時期に立ち上げたブランドの出足は、好調と言えるわけではなかった。
「昨年(2020年)の6月にブランドを立ち上げてTシャツを売り出したものの、反応がいいわけもなく、時間ばかりが過ぎていきました。それが、今年の春に、カラフルでポップな仏像靴下を売り出したら、途端に反応がよくなったんです。そっか、思いっきりカワイイものをつくれば、みんな仏像やお寺に振り向いてもらえるのかも。そんな手応えを感じています。仏像に興味を持ってもらう、きっかけになればいいなって!」
ニシケケさんは、何かの理由でちょっと弱っている人を応援したい、そんなサポーター気質を持っている。通信制高校の教員経験もあり、生徒が少しずつ前を向いて元気を取り戻していく姿を見るのが、やりがいだった。長年続けてきた音楽活動も、自分が奏でる音と紡ぎ出す言葉が、聴く人の元気につながっていると実感できるから。
「仏像のおかげで、私は元気。今度はみんなを仏像で元気にしたい。夢は、誰かがふと訪れたお寺で、僧侶が仏像靴下を履いているのを見て、“カワイ〜!ほしい〜!”となることです。経験もないですし、試行錯誤の連続だけど、それでも絶対!前進していきます。いつかはお店も持ちたいですね」
彼女は最近、本格的なミシンを購入した。メーカーのヤマヤさんにお願いしている分とは別に、特別なサイズのオーダーに対応したり、ニッチな作品を生み出すために思い切って奮発した。奈良と仏像への偏愛は止まらない。