会期中に7万人のギャラリーを集めて話題となった東京上野「びわ湖長浜KANNON HOUSE」に引き続き、東京日本橋のビルの一画に「東京長浜観音堂」が開設された(期間:令和3年7月10日から令和4年2月27日まで)。
〝湖北〟と呼ばれる滋賀県北東部に位置する長浜市は、平安時代から仏教文化が栄えた土地で、「観音の里」として知られている。 室町時代以降の戦乱期には、戦禍から大切な観音像を守るために、地域の人たちが命がけで〝ホトケさま〟を田んぼに埋めて隠すなどしてまで守り継いできた。現在も100を超えるホトケさまが地域に点在しており、人々の日々の暮らしと共にある。
そんな「観音の里」の観音像が、およそ2か月に1躯ずつ交代で、長浜市から日本橋にお出ましになる。寺社Nowでは、観音像とその背景にある長浜の祈りの文化をシリーズでお届けしていきます。(協力:長浜市 市民協働部 歴史遺産課)
第1回:木造聖観音立像(南郷町自治会)〜地域でホトケを守る〜
文:佐々木悦也(高月観音の里歴史民俗資料館 学芸員)
今を去ること、30年以上前の昭和63(1988)年。東京・横浜・福岡など各地で、滋賀県湖北地方の仏像をテーマにした写真展が、はじめて開催されました。写真家・駒澤琛道(こまざわ・たんどう、当時は駒澤晃)氏による写真展「佛姿写伝 近江 湖北妙音」です。氏ならではの、モノクロ写真で表現した湖北の仏たちの魅力は、多くの方々を魅了し、湖北への憧憬の念を抱かせたものです。
そのポスターや写真集の表紙を飾ったのは、国宝・重要文化財などの著名な像ではなく、当時まったく知られていなかった未指定のホトケでした。あの頃、「どこのお寺の像ですか?」といった問い合わせを数多く受けたことを、昨日のことのように思い出します。その像が、現在、東京長浜観音堂に出品公開されている、南郷町(旧浅井町南郷)の聖(しょう)観音立像(現在は市指定文化財)です。
ひと目で中央仏師の作とわかる、都ぶりで気品のある秀麗なお姿ですね。伏し目がちで丸みのある穏やかな面相、浅く繊細な衣文、おとなしい撫で肩、細身でバランスの良い体形など、平安時代末期の様式をとてもよく示しています。
同写真展は、湖北の仏像の魅力を広く伝えたばかりでなく、隠れた名作がまだまだ湖北には存在するという、層の厚さを知らしめたことも、大きな意義の一つでした。
この像との出会いは、昭和60年(1985)のこと。
地元、南郷町の自治会から高月観音の里歴史民俗資料館に、「八坂神社境内に建つ観音堂が傷んできた。本尊の観音さまも倒れそうになっている」という相談がありました。
現地に赴いたところ、お堂は経年劣化により老朽化が進み、台風などによって倒壊の恐れがあること、安置されている観音像も、台座の接合離れや、像の各部のゆるみなど、応急修理が必要な状態であること、像や台座に虫害の可能性もあり、燻蒸消毒が急がれることなどがわかりました。
が、しかし、それよりまず目を見張ったのは、像の美しさです。一目で平安時代後期、いわゆる藤原彫刻とわかるもので、その平明優美な佇まいに魅了されたことを、昨日のように覚えています。
地元の方々との協議の中で、西浅井町の集落では、自治会の集会所に仏像を安置しているところがあることを伝え、ちょうど南郷町では自治会館の建設計画があるので、その会館に観音像を迎えてはどうか?とアドバイスをしました。
また像は、高月観音の里歴史民俗資料館に預かって、像内や台座の内部にいる虫・カビを駆除する、ガス燻蒸消毒を行い、保存のための応急修理も行いました。「いずれ指定文化財になる」という確信があったので、将来、指定の際にマイナス要因にならないように、本体部分には手を加えない修理を行いました。
ちょうどその頃、湖北地方の仏像の撮影を行っていた写真家・駒澤氏も、この像に惚れこみ、撮影をされました。そして、写真集発行・写真展開催の際に、ぜひこの観音像を使いたいと望まれ、写真集の表紙とポスターを通じ、この像が全国デビューしたのです。
地元住民の協議の結果、観音堂は取り壊し、観音像は新たに建てる自治会館にお迎えすることが決まりました。観音堂のお厨子は傷みが少なかったため、会館の床の間に収まるサイズにして、本像を安置しました。
観音堂におられた時は、年に数回の行事の際に、自治会役員や神社・観音堂の世話方等、数人しか観音像を拝することはなかったのですが、自治会館にお迎えしたことにより、地域住民との接点は格段に多くなりました。自治会や、子ども会、老人会の会合など、自治会館を訪れた住民は、必ず観音さまにお会いするようになったのです。観音像を拝する機会が増え、住民と観音さまの距離が縮まったと感じている方が多く、今後、地域でホトケを守るカタチの一つの良例といえましょう。
ヒノキ材の割矧(わりはぎ)造り。頭体幹部は一材から彫出し、耳後ろから体側で前後に割り、三道下で割首(わりくび)として内刳(うちぐ)りを施しています。平安時代後期、12世紀半ば頃の製作かと推測されます。
長浜市内で最も美しい観音像の1躯。その慈愛に満ちた気品ある像容は、長浜を代表し、東京長浜観音堂のオープニングを飾るに相応しい。また、お堂ではなく自治会館で像を護持する方法は、湖北地域で今後、自治会でホトケを守る形の一つのモデルケースとも言えます。
高月観音の里歴史民俗資料館
学芸員 佐々木悦也
東京日本橋「東京長浜観音堂」詳細
・開設場所:「東京長浜観音堂」(JR東京駅八重洲口から徒歩5分)
東京都中央区日本橋2-3-21 八重洲セントラルビル4階
・開設期間:令和3年7月10日〜令和4年2月27日
第1期:2021年7月10日(土)〜9月12日(日)
第2期:2021年9月15日(水)〜11月14日(日)
第3期:2021年11月17日(水)〜2022年1月10日(月・祝)
第4期・2022年1月12日(水)〜2月27日(日)
・入館料 :無料
・休館日 :月曜日、火曜日、祝日の翌日
・開館時間:10:00~18:00
※同時開催で、別施設にてパネル展・講演会の開催も予定されている。