猫が竹林で雀を追う〝黄金の太刀〟 国宝「金地螺鈿毛抜形太刀」の秘密
春日大社が所蔵する刀剣類は60点を数え、そのうちの31点が国宝・重要文化財に指定。源平の合戦や応仁の乱など戦災に遭うこともなかったため、日本有数の古神宝が伝わり、王朝文化のきらめきを今に伝えている。特に刀剣や甲冑は、春日大社にしか存在しない貴重な宝物が数多く遺されている。
刀剣類でもっとも注目されるのが、別名「黄金の太刀」と呼ばれる中世最高の工芸品と名高い国宝「金地螺鈿毛抜形太刀」だ。
柄(つか)は木を使わずに刀身と一体となっていて、毛抜(けぬき)形に透かした毛抜形太刀と称される。完全な状態で遺されているのは、伊勢神宮とここ春日大社にしかない。歴史的にも超貴重な刀剣だ。日本刀の源流の一つと考えられている。
デザインも非常にユニークで目を奪われる。今もなお黄金に輝く鞘(さや)には、漆を塗って金粉を蒔き詰めた地の上に、夜光貝を埋め込む螺鈿(らでん)の技法で「竹林に雀を追う首輪をつけた猫」が、繊細かつ伸びやかに描かれている。日本の螺鈿表現の最高傑作と言われている。
猫は、平安時代の頃から愛玩動物として親しまれてきたが、実は近世になるまで工芸デザインのモチーフとしてはほとんど取り上げられてこなかった。それ自体が美術史の謎ともいえるが、この刀のデザインでユニークなのは、まるで絵巻のように、一匹の猫が時間の経過と共に移り変わる姿を鞘の上で見事に表現している点にある。
これは、異時同図法とも呼ばれるもので、異なる時間を一つの構図の中に描き込んでいる。鞘を絵巻に見立て、毛並みの艶やかな主役の猫が重複して登場し、連続した動作を表現している。現代の漫画のコマ割やアニメーションにも通じる独特な世界観を構築しており、まさに優れて日本的と言える。見ていて誇らしくさえ思えてくる。
それにしても太刀の図柄にこのようなユニークなデザインを施したのは、作刀を発注した者の強い個性が反映されていると考えるのが自然だ。その候補として、摂関家の藤原頼長(1120-1156年/摂政関白太政大臣藤原忠実の三男)などが想定されていると聞いた。
頼長の日記『台記』には、少年の頃、病気になった愛猫のために千手像を描いて祈念したことや、その猫が10歳まで長生きして死んだ際には、衣に包んで櫃(ひつ)に入れて葬ったことなどが記されている。
螺鈿が光輝く黄金の国宝刀剣を前に、描かれた猫を愛でながら、幼少より猫を愛玩し、中国の先進的な文化を取り入れた頼長と時空を越えて会話をするのも、また楽しい。
〈参考文献〉
▪図録『平安の正倉院 春日大社 神々の秘宝—王朝の美が花開く宝物—』(春日大社国宝殿、2012年)
▪図録『春日大社の甲冑と刀剣』(春日大社国宝殿、2016年)