天才浮世絵師・北斎と仏教の意外な関係。サントリー美術館「大英博物館 北斎―国内の肉筆画の名品とともに」展で気付かされたHOKUSAIの秘密

サントリー美術館「大英博物館 北斎―国内の肉筆画の名品とともに―」 会期:2022年4月16日(土)~6月12日(日)【画像上段左】展覧会図録。作品 No.106『日蓮大聖人註画讃』(大英博物館蔵)掲載ページ(p.142)に、北斎が日蓮宗の熱心な信徒であったことなど信仰にまつわる記述がある。【上段右】会場風景(六本木・東京ミッドタウン)寺社Now撮影 【下段】葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》横大判錦絵 江戸時代 天保元-4年(1830-33)頃 大英博物館蔵 2008,3008.1.JA © The Trustees of the British Museum・・・富士山と日蓮上人・日蓮宗のゆかりは深い。北斎は、柳島の妙見堂(法性寺/日蓮宗)を深く信仰し日参していた

HOKUSAI。江戸時代の天才浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849)といえば、一般にフランスだ。モネやドガ、ゴッホなど印象派の画家たちにとっての神であり、フランスを中心としたジャポニスムへの影響がよく知られている。だがしかし実は、イギリスの大英博物館に、世界屈指の北斎コレクションがある。

1867年のパリ万国博覧会を機にヨーロッパの北斎への注目度が高まるが、イギリスはそれよりも早く1862年のロンドン万博をきっかけに日本のアートを発見し、著名なコレクターたちが版画、肉筆画、絵本、版下絵にいたるまでさまざまなジャンルの北斎を買い集め始めた。それらが今、質量共に希有なコレクションとして大英博物館にある。

今回、その大英博物館の北斎コレクションが、サントリー美術館にごっそりやってきた。国内の肉筆画や資料などと併せて、特に彼が「北斎」を名乗って以降、なかでも還暦からの約30年にフォーカスして、数々の名作が生み出されていくプロセスを浮かび上がらせている。

ところで。

「北斎」の名は知っている。その作品をこれまでにもどこかで見たことはある。しかし、油断していた。「北斎」という号に重要な意味が込められていたことをサントリー美術館の『北斎』展で気付かされた。それも、よりにもよって仏教的な意味があるのだということを。

【画像上】葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》横大判錦絵 江戸時代 天保元-4年(1830-33)頃 大英博物館蔵 2008,3008.1.JA © The Trustees of the British Museum 【画像中段左】葛飾北斎《流水に鴨図》一幅 江戸時代 弘化4年(1847) 大英博物館蔵 1913,0501,0.320 © The Trustees of the British Museum 【画像中段中央】葛飾北斎《諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝》大判錦絵 江戸時代 天保4年(1833)頃 大英博物館蔵 1937,0710,0.195 © The Trustees of the British Museu 【画像中段中右】葛飾北斎《百物語 こはだ小平二》中判錦絵 江戸時代 天保4年(1833)頃 大英博物館蔵 2016,3015.2 © The Trustees of the British Museum 【画像下段】葛飾北斎《弘法大師修法図》一幅 江戸時代 弘化年間(1844-47年) 西新井大師總持寺蔵

北斎」は「北の書斎」を意味し、天上において唯一動くことのない天空の守護星「北極星」のチカラを生涯にわたって信じていたことを象徴している。彼は北極星を指し示す「北斗七星」の化身である「妙見菩薩」を崇拝していた。そのため、柳島妙見妙見堂(法性寺、日蓮宗)を深く信仰して足繁く通っていた。どうやら熱心な日蓮宗の信者であったようだ。

若い頃に師匠から破門され、絵筆を折ろうかと思い悩んでいた彼は、柳島妙見から自宅に帰る途中で落雷に遭い、それを機に画名を北斎に改めたというエピソードが伝えられている。

北斎は75歳のとき、「北斎」から「画狂老人卍(まんじ)」と改名したことも今回初めて知った。卍(十字を反転した形)は、古代インド以来、仏教の文脈において吉祥のシンボルとして使われてきた。

そんなことをひとたび知ってしまったら、北斎はただの北斎ではなくなってくる。日本を代表する世界的アーティスト、江戸の浮世絵師・葛飾北斎の背景にある仏教的な世界観に注目しながら、改めて北斎の作品群を眺めてみたいと思うようになる。

美術館のフロアをまずは無心に見て回る。次に仏教的目線でもう一周。そんな楽しみ方もあるかもしれない。するとたとえば、北斎がしきりに富士山を描くのもうなずける。日蓮宗の開祖・日蓮聖人と富士山の縁が深いことからきているのかと想像を膨らませる。

そんなひとときを過ごして展覧会場を出て空を仰ぐ。ふと、柳島妙見まで足を延ばしてみたくなった。そこで気の向くまま地下鉄を乗り継いで、東京スカイツリーの足元の駅、押上まで移動した。

スカイツリーを背に浅草通りを東へと向かい、駅からのんびり徒歩10分程度。横十間川にかかる柳島橋のたもとに、北斎が日参した柳島妙見が今もある。

【上段】柳島妙見山法性寺、通称柳島妙見(東京都墨田区業平5丁目7−7) 【中段左】門前の石碑に「北辰妙見菩薩」の文字。北斎は北極星の化身である妙見菩薩を崇拝した。 【中段中央・右】現在はビルの1階に収まっている妙見堂。法性寺では今も毎月1日の午前中に「妙見さん大祭」が行われている。以上、寺社Now撮影 【下段】明治期の法性寺。画像提供:法性寺

歌川広重「江戸名勝図会 柳島妙見 」(画像出処:国立国会図書館デジタルコレクション )

柳島妙見山法性寺。今は鉄筋の建物にお堂が収まっていて隔世の感があるが、『江戸名所図会』や歌舞伎狂言にも登場するなど江戸時代きっての有名寺院の一つである。門前の石碑に刻まれた「北辰妙見菩薩」という文字が、北斎の北極星信仰を思い出させてくれる。

紙の上の2次元表現である浮世絵を、より立体的に楽しむために関連のお寺に詣でて全身で感じ取る。これを〝寺社Now的アート鑑賞法〟と呼んでみる。画狂老人卍大先生も、きっと面白がってくれるにちがいない。

会場風景(寺社Now撮影)

サントリー美術館「大英博物館 北斎―国内の肉筆画の名品とともに―」

会場
サントリー美術館
住所
東京都港区赤坂9-7-4  東京ミッドタウン ガレリア3F
会期
2022年4月16日(土)〜6月12日(日)
開館時間
10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
※いずれも入館は閉館の30分前まで
※開館時間は変更の場合があります
休館日
火曜日 ※5月3日、6月7日は開館
料金
一般 当日 ¥1,700
大学・高校生 当日 ¥1,200
※中学生以下無料
※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料
公式サイト
問い合わせ
03-3479-8600

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監修:全国寺社観光協会

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