異国の仏像を発注したワケ
プロジェクトが急ピッチで進行し始めたある日、安武住職は、商店街の河津会長との何気ない会話の中で、ふと思いついたアイデアを提案した。
「アジアからお釈迦様を招いたらどうでしょう」
しかしながら、決して唐突な提案ではない。というのは、会長が経営する佐賀にある唐津工場で働くベトナム人従業員が、わざわざ福岡・篠栗の南蔵院まで毎月参詣していること、さらにミャンマー出身の人たちにいたっては、遠路はるばる北九州市門司区にある寺院にまで足を運んでいることを知ったからである。
それだけではない。寺主催のキャンドルナイトライブに係わった、近所に住む外国人留学生たちから、「この街には、私たちが仏さまに手を合わせる場所がない」と悩みを打ち明けられて以来、自分に何ができるのかをずっと悩み考え続けていたことが、アジアの人たちのリアルな実態を知ることによってひとつの答えに結実したのである。
「熱心な仏教徒の国の人たちにとって、ほとけ様にお参りすることはそれほどにまで重要なことなのだとあらためて実感しました。それならば、彼らが手を合わせることができるお釈迦様を商店街にお迎えすることができると、そのことをきっかけにもっと商店街を訪れてくれるようになるにちがいない。商店街が賑やかになるはずだと考えたのです」
しかし、アジア各国からさまざまな国の人たちが来て暮らしているなかで、いったいどの国のお釈迦様をお迎えすれば納得してもらえるのか。ひと口にアジアの仏像といっても、姿形や表情など微妙に異なる。確たる理由もなく、あるひとつの国の仏像に決めてしまっては、その他の国の人たちは心を込めることができず、結局自分たちの祈りの場はないのだと思うだろう。
そこで住職が思い出したのは、福岡市がミャンマーのヤンゴン市と姉妹都市であるということ。誰かが勝手に決めるわけではない。福岡とアジアの関係に基づくシンボルとして、ミャンマーからお釈迦様をお迎えすれば、きっと納得してくれだろうという考えである。
この時点で2020年の11月。商店街再生プロジェクトのひとまずの目標は、アジアをテーマにした「吉塚市場 リトルアジアマーケット」を2021年3月にグランドオープンさせることである。そのシンボルとなる仏像をミャンマーに発注する。時間は限られている。住職の思いを聞いた会長は即決し、新しい商店街のシンボルになる仏像を、すぐにミャンマーに発注したのだった。
それから3カ月とちょっと。多くの人の協力があって、ミャンマーからお釈迦様が来福した。「吉塚市場 リトルアジアマーケット」のグランドオープンに、かろうじてなんとか無事間に合った。一人の僧侶をきっかけとする地域の思いと祈りが実ろうとしていた。