お寺って何?! 問題作『寺院消滅』鵜飼秀徳氏の新刊『お寺の日本地図』が提示する消える寺院と残る寺院の境界線

『寺院消滅』『仏教抹殺』など、センセーショナルなタイトルとともに日本の寺院の危機を発信し続けてきた、ジャーナリストで僧侶でもある鵜飼秀徳氏(京都嵐山・正覚寺30代住職)のインタビューをお届けしたい。


鵜飼氏の最新作『お寺の日本地図』は、日本史における重要度や地域性、文化性などをポイントに47都道府県からそれぞれ1カ寺を選び、現地へ足を運び、見どころや歴史、寺院から見えてくる県民性にまで言及している。これまで、著作を通じて寺院の存在価値を世に問うてきた鵜飼氏が、本書で伝えたいこととは?

鵜飼秀徳

鵜飼秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗 正覚寺住職・ジャーナリスト。1974年、京都市生まれ。大学卒業後、新聞記者、日経BP社「日経ビジネス」記者・「日経おとなのOFF」副編集長などを歴任後、2018年1月に独立。2020年より正覚寺住職。寺務の傍ら、「宗教と社会」をテーマに取材、執筆を続けている。


「お寺って何?」に迫りたかった

—観光本や巡礼本然としたタイトルですが、そうではない?

私の心の中には以前から、「寺院とは何か」という疑問がありました。全国に76970もの寺院があり、それらを建築や仏像、庭園といった切り口で紹介したガイドブックも無数にあります。かたや私たちが僧侶になるために学ぶ過程では、仏教学や宗学は教わりますが、寺院については何も教わらない。つまり誰も、どこも、「寺院とはこのような存在である」を明らかにしていないのです。

一方、これまで述べてきたように、日本の寺院は危機的状況にあるところも多く、2040年には現在の35%近くが消滅すると考えられます。この“残る”と“消える”の境界線は何なのか。私自身がそこを深く知っていくために、日本の寺院を俯瞰したいと考えて本を書きました。

—「寺院学」的な内容ということですね

取材では、掲載候補も含めかなりの寺院を訪ねました。その上で都道府県あたり1寺院、計47寺院に絞って紹介しているのですが、主観ではあるものの、次の基準で選んでいます。

1.日本古来の宗教観を知るに十分の縁起を有していること(ある程度の記録が残っている)
2.地域性をよく表した寺であること
3.日本仏教史のターニングポイントとなった寺院であること
4.地域文化やライフスタイルに影響を与えた寺院であること
5.地域に現存する最古の寺を検討したうえで、新旧・宗派などのバランスをとる
6.当該寺院を参拝するためにわざわざ訪れる価値のある寺院であること
7.読者に紹介するに値する佇まい、境内環境、住職の人柄などが整っていること
8.一生に一度は参拝したい寺院であること

地域社会の長い歴史の中で、その寺院がどんな役割を果たしてきたのか。地域の信仰形態や文化、生活習慣にどのような影響を及ぼしてきたのか。社会と寺院との関係性を可能な限り取材したうえで、本書は私なりの「寺院って何?」に迫っています。

現在日本には、岐阜県の東白川村を除いた市区町村のすべてに寺院があります。しかし、例えば東日本と西日本で葬送の形態が違うように、地域によって寺院の姿にさまざまな違いがあります。これらを歴史的、地域的に一つひとつ見ていくと面白いのではないか、と考えて取材を進めました。

■本書で紹介している寺院一覧

寺院は僧侶のものではなく、地域のもの

—取材を通して見えてきたお寺の姿とは?

例えば本書で紹介している「川倉賽の河原地蔵尊」は、東北4県で最も寺院数の少ない青森県の津軽地方にあり、特定の仏教教団に所属していません。ではなぜ誕生し、今もあるのかというと、地域の人々が地蔵を大切に祀り、守り続けているからです。地蔵が祀られていますから、ここは子供の供養のための場所。また地域の歴史を紐解くと、かつて疫病が流行し、多くの子供が亡くなっていることがわかりました。また、境内には人形堂と呼ばれる施設があり、そこには夫婦の人形が無数に並んでいます。これらは子供を亡くした親の「あの子が生きていれば今頃結婚しているはず」との願いを具体化したもので、津軽地方特有の風習「冥界結婚」とも結びついています。

日本三大霊場のひとつ、青森県下北半島の恐山と同じく、イタコの霊媒もある川倉賽の河原地蔵尊(本書27ページ。撮影/鵜飼秀徳)

このように、寺院は本来地域のものだと私は考えています。しかしながら近年の日本では、住職が亡くなり後継者がいないことを理由に廃れていく寺院が出てきています。理由は恐らく、寺院の価値を、住職も地域の人も見出せなかったからではないでしょうか。

例えば私が住職を務める正覚寺は、33代続いています。小さな寺院でありながらここまで続いているのには、それなりの理由があるはずです。盛衰、先人の苦労、地域の人々からの求めなど、いろいろなことがあったはずです。それらをふまえて今がある以上、私は自坊の価値を知り、地域のために寺院を守らねばなりません。それが代表管理人としての住職の務めです。

明治期の廃仏毀釈では、江戸時代に9万近くあったと言われる寺院のうち、約半数の45000の寺院しか残りませんでした。しかし現在は76970の寺院あるわけですから、32000ほどの寺院が再建されています。では誰が再建したのか?

廃仏毀釈では、寺院がつぶれたら僧侶は還俗を強いられました。つまり僧侶自身が自坊を再建することは不可能だったのです。檀信徒・門徒をはじめ地域の人々が、一度は壊したけれどやっぱり大事だ、ということで再建している例がほとんどです。

—一度は寺院を見放した人たちがまた、寺院を大切に感じた?

そうです。寺院を潰した地域の人々はその後住職を追放したのちに、寺院を再建しています。このような歴史的事実から、廃仏毀釈で人々は寺院をいらないと感じたのではなく、そこにいる僧侶に対して反発していたと考えられます。

近頃は「寺院離れ」が進んでいますが、その根底にあるのも、寺院が不要なのではなく、そこにいる僧侶が寺院を地域のために活用できないから、人々の心が離れていったと私は考えています。要するに廃仏毀釈の頃と同じです。その頃の歴史を深く知れば、現代の寺院離れの解決策も見えてくるのではないでしょうか。

これからの寺院を考えるきっかけに

—歴史から学ぶために寺院を訪ねてほしいということですね

各地の寺院の成り立ちや歴史を地域とともに知れば、訪ねる楽しみが出てきます。私自身もそうでしたが、知れば知るほど面白く、各地の寺院を訪ね回りたくなりました。その思いが、一般の読者に伝わってほしいと思います。

また、先に述べたように、本書は私が知りたかった「寺院とは何か」に迫った内容です。これは、私が僧侶になるために勉強している時期に知りたかったこと、知れなかったことでもあります。だからこれから僧侶になる人、寺院の後継者、寺院に興味を持ってくれている学生などに伝わるよう、論文のような堅苦しい言葉ではなく、わかりやすく書いています。寺院に関わりのある人が読み、何らかの気づきを得てもらえれば嬉しいですね。

—読者に期待することは?

自分のためでもあり、社会の役に立つように書いたつもりです。本書を読んで地域の寺院に関心を持つ人が増え、社会の中で寺院をどうしていくべきか考える場が広がったり、読者の中から寺院に関わりを持つ人が出てくるといいですね。

これまでの著作でも一貫して私が発信しているのは、「地域目線で寺院を考えてほしい」ということ。寺院とは、地域がつくり、育ててきたものです。だからこそ、全国にこれだけバラエティ豊かな寺院が存在しています。

資料を読むだけでは、本当の姿なんて見えません。実際に訪ね、寺院の奥深さを感じ取ってほしいと思います。本書がそのきっかけになれば幸いです。

 



『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』
出版社 : 文藝春秋
著者:鵜飼秀徳著
発売日 : 2021/4/20
定価:1,100円


 

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監修:全国寺社観光協会

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