異才の日本人監督による訪日外国人向けの観光マナー啓発動画『Seeing Differently』(監督:ハナムラチカヒロ、制作:一般社団法人ブリコラージュファウンデーション)が、海外の国際映画祭で高い評価を得ている。コロナ禍以前に企画されたにもかかわらず、ひときわ輝きを放つその作品は、いったい私たちに何を伝えようとしているのか。
寺社Nowオンラインでは、受賞作品をプレビューするとともに、俳優として出演もしているハナムラチカヒロ監督(ランドスケープアーティスト・大学准教授)に独占インタビュー。作品に込められた思いと秘められた裏テーマに迫る。
—『Seeing Differently』は寺院編、商店街編、路地編の3本を創られています。海外では「寺院編」が最も評価が高いと聞いています。
「寺院編」は、私自身の体験と関係しています。
とある寺院を訪れたとき、外国人たちが脱帽して静かに頭を垂れている空間で、日本人の中年女性がひとり大きな声で電話をしていました。その姿に、どちらがこの場に敬意を払っているのだろうか? と感じたことがもとになっています。
国籍や見た目は関係なく、一番大切なのは、敬う心のはず。属性の違いや表面上の作法に目を奪われるのではなく、敬う意識があるかどうかに目を向けることが大事なのではないかと思います。もちろんこれは、参拝者だけでなく寺社側にも問いかけられることだと思います。
同じようなことは京都でも言えると思います。京都ではオーバーツーリズムでゴミが増えたと言われていましたが、コロナ禍で外国人が町へ来なくなっても、実はゴミはそんなに減っていなかったという話も聞きます。つまり外国人のせいに勝手にしていただけかもしれないのです。
これをするな、あれはするな、と何でも×をつけることが、逆に相互理解を妨げることになる場合もあります。逆に我々が彼らを理解しようとするマインドも必要であり。相互理解を進めることで、彼らのマインドが変わっていく方法もあるのではないかと考えています。
■「Seeing Differently」〜寺院編〜
—伝えたかったことは? それを誰に?
メッセージ自体はストレートだと思っています。
動画は外国人にも作法を理解してもらえるように作ってはいますが、一番見てほしいのは日本人です。
私たちが外国人を見るときの視線(まなざし)には問題がないのか、という問いかけが根底にあるからです。
たとえば、アジア人の観光客が道の真ん中で立ち止まって話していることに不快感を示す日本人、という風景を見かけることがあります。しかし、もし欧米人のかわいい少女が横で同じことをしても、不快感は示さないのかもしれません。私たちが問題視することの前提に、偏ったまなざしがあることには気づかないのです。そして、私たちが外国に行ったときに同じようなことをしている可能性もあります。人の行動は見えやすいのですが、自分の行動や意識は見えにくいもの。だから『Seeing Differently』では、見てもらった日本人にも自分の行動や意識にハッとする気づきを持ってほしいと考えました
インバウンドで表面的に見える問題として、マナー違反や慣習の違い、生活文化の違いがあります。これらは行動に現れる違いです。一方、訪日外国人旅行者と地域住民との間にある精神的障壁や意識の違いというのもあり、これらは見えません。大事なのは、この見えていない意識の違いを認識できるかどうか。ここが相互理解にかかわってきます。だから今回の動画では、この点を浮き彫りにしなければならないと考えました。
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