地域をつなぐ秘訣は、辛抱強い「傾聴」にあり
話は少し遡るが、実は商店街の再生を成功させるには、もうひとつ課題を解決する必要があった。
吉塚商店街の南側に位置する西林寺とは反対方向、北側の商店街入口には、地域の人たちが長年守り続けてきた地蔵尊がある。しかし、商店街の賑わいが次第に減っていくなかで、いつしか地元商店街関係者と地蔵尊を守る地域の人たちとの日常の会話も減り、関係がどことなくギクシャクしていた。
しかし、アジアの人たちの居場所を創ることも目的としているプロジェクトを成功させるにあたって、商店街とその周辺地域に暮らす日本人コミュニティーが分断されていては、誰にとっても決して居心地のいい空間にはなりようもない。商店街関係者だけが盛り上がっていても成功はしない。
ここで、寺の住職という存在が力を発揮した。安武住職は、どちらの声にも丁寧にじっくり耳を傾けることにしたのだ。
「まずは双方の意見をじっくり聞く。つまり傾聴です。何度も何度も通って、みなさんの意見をしっかり聞いて、ご納得いただいたうえでプロジェクトを進めていったんです。私のような第三者の人間が、俯瞰した立場で諸問題の本質を冷静に見ることができたこと、そして住職という立場だったからこそ、まわりのみなさんも私の話に耳を傾けてくださったと思います」と安武住職は振り返る。
「お坊さんが話を聞いてくれたという安心感がみなさんにはあったようです。ビジネス主体の方ではなく、僧侶が間に入ることで、地域の人たちが商店街を自分事に感じてくれて、結果として活性化に向けてひとつの輪になれた気がしています」
かくして2021年3月13日、「吉塚市場 リトルアジアマーケット」は、ミャンマーからお迎えしたお釈迦様が見守るなかで、めでたくグランドオープンした。
安武住職の発案で実現した開眼行列では、先頭の僧侶に続いて、アジア各国の人たちが、友好のシンボルとして仏旗を振りながら歩いた。衰退する地域や商店街の新しい活性化の方策をフォローしようと地元メディアも数多く取材にやってきた。地元民と外国人労働者や留学生が共に協力して街を活性化させようという取り組みに注目が集まった。
開眼行列につづく開眼法要では、安住住職のほかにも駆けつけた日本の僧侶とミャンマーの僧侶たちが並んで法要を執り行った。新たに誕生したリトルアジアマーケットに、地元福岡だけでなく、九州全域からアジア系の外国人居住者が集まった。
アジアのために、地域のために何かをしたいと願い、悩み続けていた一人の僧侶が、仏教徒である外国人留学生の「手を合わせる場所がない」という小さなつぶやきを大きな動きに変えるきっかけをつくったといえるだろう。