本日開店!お寺系マンガ図書館〈Vol.2〉『聖☆おにいさん』(作:中村光)

『聖☆おにいさん』(作:中村光、2006年~)の登場は衝撃的でした。

ブッダとイエス・キリストが、休暇をとって地上に舞い降り、東京立川にある六畳一間の安アパートで共同生活を送るというギャグコメディです。アニメやドラマ、映画化もされているので、お寺系マンガのなかでももっともメジャーな作品と言えるでしょう。

聖人ふたりが、現代日本の生活や倫理観に触れてカルチャーショックを受けたり、無意識のうちに奇跡を起こしてしまって慌てたり。物語のあちこちに仏教やキリスト教に関する小ネタがさりげなく散りばめられているので、予備知識があればあるほど、より深く楽しめる仕掛けになっています。

さらに話が進むと、ブッダの十大弟子や天部たち、キリスト教の十二使徒や四大天使までもが登場します。教義や立場、カルチャーの違いも乗り越えて、交流がどんどん広がっていきます。

左)中村光『聖☆おにいさん』(モーニング KC)©中村光・講談社、右)劇場版「聖☆おにいさん 第III紀」(Blu-ray) バップ ©中村光・講談社/パンチとロン毛 製作委員会

にしても、ブッダとイエス・キリストの仲のいいこと!

一般にブッダと言えば、厳しい表情で瞑想や説法している姿が思い浮かびますし、イエスは十字架に磔(はりつけ)にされ、贖罪の悲しみを背負っているイメージがありますよね。ところがこの作品で聖人ふたりは、ほとんど笑顔です。ゲームや漫画に熱中したり、遊園地や神社のお祭りに遊びにいったり、地上の休暇をすっかり満喫しています。

世話好きで倹約家のブッダと、ノリが良くて考えるより先に動くイエス。性格の異なるそんな聖人ふたりは、宗教や考え方の違いをぶつけ合って争うなんていうことはまったくなく、とても仲良しで、お互いを補いあいながら日々を過ごしているのです。

最近、お笑い第7世代の芸人さんたちが、「誰も傷つけない笑い」という新ジャンルを開拓していて注目されていますが、『聖☆おにいさん』のブッダとイエスは、まさにその先駆けのようなコンビと言えるかもしれません。

さらにこの作品には、決して争わないという世界観を決定づける重要な脇役がいます。煩悩の化身マーラです。釈迦が悟りを開く禅定に入った時に、瞑想を妨げるために怖ろしい怪物や美しい娘を向かわせて修行を妨げようとした、あの悪魔です。

ところが『聖☆おにいさん』では、マーラは憎めない役どころとして登場します。友達がいなくて寂しがり屋という設定のマーラに対してブッダは、毎回心配のまなざしを向けるのです。マーラが傷ついて悩んだり、立場が悪くならないようにフォローさえします。

また、キリスト教の堕天使ルシファーやイエスを裏切ったユダが登場したりもしますが、やはりマーラと同じような役割を担っています。

このように『聖☆おにいさん』は、誰とも争わないという世界観のうえに成り立っているので、人気漫画にありがちな「次々と現れる困難を乗り越えて敵を倒して成長していく」といったハードなストーリーとは異なり、心穏やかに読み進めることができるユニークな作品になっています。

それにしても、漫画の世界とはいえ、仏教の宗祖ブッダとキリスト教の宗祖イエス・キリストが現代の東京で同居生活を送るという荒唐無稽な設定は、直接の関係者ともいえるお坊さんや神父さんや牧師さんにどのように受け入れられているのか気になるところですよね。

これに関しては、以前、キリスト教の教会で講演をする機会があったときに、『聖☆おにいさん』の話題を取り上げたことがあるのですが、思っていた以上に、作品にも仏教にも好意的だったことをご報告しておきます。

都内で開催されたキリスト教記者クラブの講演会で、筆者がスピーカーとして登壇した時の会場風景

一方で、お坊さんたちのクリスマスパーティ(!)に参加した時に、聖サンタクロースが描かれたケーキをナイフで切り分ける際、「聖人に刃物を入れるのはいかがなものか」とお坊さんたちが真剣に悩んでいたシーンに出くわしたこともあります。

宗教や哲学、考え方は違っていても、どちらにもお互いに対するリスペクトがありました。

漫画の世界だけでなく最近では、仏教とキリスト教のコラボ企画も見られるようになってきています。宗派や宗教を超えて、仏教や日本の文化を体験できる寺社フェス「向源」というイベントでは、お坊さんや牧師さんと話せるブースが大盛況でしたし、「教会で声明(仏教声楽曲)」「お寺でゴスペル」という異種格闘技的コンサートも大いに人気を博しました。

等身大のブッダとイエスが活躍する『聖☆おにいさん』は、エンタメの世界のお話です。でも、その世界を包み込む価値観や空気感が、今の時代を生きる読者の心をつかんでいることは、まぎれもない事実です。

争いがなく、穏やかで、そしてリスペクトのある世界。クスクス笑いながら、ジワジワと心の中に染み入ってくる。『聖☆おにいさん』は、そんな不思議な魅力をもった大人のギャグ漫画です。

宗派や宗教を超えて、仏教や日本の文化を体験できる寺社フェス「向源」の「お坊さん&牧師さんと話そう」

堀内克彦(お寺漫画コンシェルジュ☆ほーりー)プロフィール
1978年生まれ、千葉県出身。株式会社寺社旅代表。寺院を活用した「お寺の漫画図書館」をプロデュースするほか、寺社好き男女の縁結び企画「寺社コン」の主催、仏前結婚式や樹木葬のコンサルティングなども手掛けている。また寺社体験紹介サイト「宿坊研究会」を運営。著書に『宿坊に泊まる』(小学館)、最新刊『お寺は外からこう見える 寺院活性へのヒント』(発行:真宗大谷派難波別院)などがあるほか、『月刊住職』で「やればできる!寺院活性化のケーススタディ」連載中。

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監修:全国寺社観光協会

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