地獄めぐりツアーへようこそ!「本日開店!お寺系マンガ図書館」第3回『鬼灯の冷徹』

鬼灯の冷徹』(作:江口夏実、講談社 2011-2020年) 「全国書店員が選んだおすすめコミック2012」1位、2021年「第52回星雲賞」コミック部門受賞

「地獄に行ってみたいかも!」

これは、初めて読んだときの正直な感想です。『鬼灯(ほおずき)の冷徹』(作:江口夏実)は、冷徹でドSな閻魔大王の補佐官・鬼灯の日常を描いたギャグコメディ。仕事柄、全国各地のお寺で閻魔像や地獄絵図を見る機会がけっこうありますが、まさか地獄がこれほどまでにもバラエティ豊かだったとは!

アニメ化もされた『鬼灯の冷徹』によると、地獄には、大きく分けて「八大地獄」と「八寒(はっかん)地獄」の2つがあります。そしてそれぞれがさらに細分化されて全部で272の部署(!)があり、生前に犯した罪によって堕ちていく地獄が異るというのです。

たとえば、「八大地獄」の一つ「叫喚(きょうかん)地獄」は、お酒の過ちを償う地獄。その「叫喚地獄」のさらにその下の「大叫喚地獄」のうちの一つ「如飛虫堕処(にょひちゅうだしょ)」は、詐欺や横領など嘘をついて大儲けをすると堕ちてしまう地獄。同じく「八大地獄」の一つ、殺生を犯した者が堕ちるとされる「等活(とうかつ)地獄」の中の「不喜処(ふきしょ)」は、動物をいじめると堕ちる地獄。そのほか邪淫(不倫)や性犯罪は「衆合(しゅうごう)地獄」へと真っ逆さまです。

それにしても全部で272種類も地獄があるとなると、どんな聖人君子であろうと、多かれ少なかれ誰もがどれかに当てはまってしまい、とどのつまりが全員地獄行き。つまり『鬼灯の冷徹』は、やがていつの日か堕ちて行くであろう地獄世界を案内するガイドブックのようなもの。気が付くとそのガイドブックを片手に地獄めぐりのツアーに参加している気分にすらなってきます。

そんな不思議な魅力のある『鬼灯の冷徹』ですが、実は単なる奇想天外なフィクションではないんだそうですね。作者によると、通称〝地獄の経典〟とも言われる『正法念処経(しょうぼうねんしょきょう)』などの仏画や文献、伝承などを大いに参照したそうです。

正法念処経が描いたのは、犯した罪によって堕ちる地獄が異なり、課される責め苦も違うという苦悩に満ちた世界。地獄は全部で136。『鬼灯の冷徹』のちょうど半分です。地獄や餓鬼、畜生の世界を詳密に描き、見る者の恐怖心を煽ることで、人々を地獄行きから逃れて浄土へと駆り立てました

『鬼灯の冷徹』の作者は、世界観を構築するにあたって「正法念処経」など地獄を描いた仏画や文献、伝承などを参照したという

さて、『鬼灯の冷徹』の主人公・鬼灯は、裁判で忙しい閻魔大王に代わって地獄を仕切る鬼神です。亡者を苦しめるための改善策を日々練りながら、鬼たちの採用や人事面接他国や現世の視察やら外交、ほかにはレクリエーション企画や広報活動まで幅広く何でもこなすという設定です。

閻魔大王や鬼の部下たちと働く姿は、まるで中間管理職のサラリーマンのようでもあります。上司として部下を叱るときは叱り、時には酒を酌み交わして語り合うことも。ろくに仕事もしないで権利だけ主張する古株のベテランに手を焼く姿など、組織でのあるあるな共感ポイントがそこかしこに。

で、思わず、そんな地獄の世界を、見たい!知りたい!行ってみたい!と思ってしまうわけですが、本来は地獄の苦悩をこれでもかと積み重ねて、人々を苦しみから逃れて浄土へ行きたいと願わせることが目的であったはずの地獄絵が、現代のマンガの世界では真逆の効果生み出しているのですから、地獄の沙汰も物語次第、時代によって地獄観は変化していくようです。

ところで余談ですが私の知り合いに、地獄や極楽浄土を疑似体験するボードゲームを開発したお坊さんがいます。東京・江東区にある陽岳寺(臨済宗妙心寺派)という禅寺の副住職、向井真人師です。

写真左)地獄や極楽浄土を疑似体験するゲーム「立体浄土すごろく」。写真右)自業自得か…地獄の底の底に沈んだ筆者

江戸時代に流行した「浄土双六」というゲームをもとに、クラウドファンディングで100万円以上の支援金を集めて『立体浄土すごろく』と称するゲームを世に送り出しました。サイコロひと振りが人生一回分に相当し、輪廻転生して地獄や天界に生まれ変わりながら、成仏(ゴール)を目指します。

聞くところによると、ほとんどのプレイヤーは最終的には成仏(ゴール)にたどり着くそうですが、私の場合はなぜか永沈(ようちん)という、二度と這い上がることのできない地獄の底の底まで沈んでしまいました。ひょっとすると日頃の行いのせいかもしれません…。

さあ!ということで、地獄のガイドブック『鬼灯の冷徹』を片手に、あなたにピッタリの地獄を探すツアーへ、いざゆかん!

現実世界で地獄を体験できる大阪の全興寺(大阪市平野区)地獄道の閻魔様と鬼。よく見ると各地のお寺に地獄世界が!

堀内克彦(お寺漫画コンシェルジュ☆ほーりー)プロフィール
1978年生まれ、千葉県出身。株式会社寺社旅代表。寺院を活用した「お寺の漫画図書館」をプロデュースするほか、寺社好き男女の縁結び企画「寺社コン」の主催、仏前結婚式や樹木葬のコンサルティングなども手掛けている。また寺社体験紹介サイト「宿坊研究会」を運営。著書に『宿坊に泊まる』(小学館)、最新刊『お寺は外からこう見える 寺院活性へのヒント』(発行:真宗大谷派難波別院)などがあるほか、『月刊住職』で「やればできる!寺院活性化のケーススタディ」連載中。

新連載スタート!お寺漫画コンシェルジュ☆ほーりーの「本日開館!お寺系マンガ図書館」

本日開店!お寺系マンガ図書館〈Vol.2〉『聖☆おにいさん』(作:中村光)

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監修:全国寺社観光協会

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