文:宍戸厚美 SHISHIDO,Hiromi
フリーライター
花手水研究会メンバー
愛知県の東端、木曽川堤を背に鎮座する若宮神明社は、川辺の地域に暮らす代々の氏子から篤い信仰を集める氏神様だ。
水郷地帯として栄えたこの地は、古くから伊勢神宮の御厨地(みくりやち)として供養米を奉納していたことから、神宮との縁も深く、天照皇大神(アマテラスオオミカミ)と素戔嗚尊(スサノオノミコト)を祀っている。長年にわたって村を守る神聖な場所として、また、人々が集い、祭りや村の自治を司る場所として、親しみを込めて〝若宮さん〟と呼ばれ、大切に守られてきた。
村は、戦後の復興期に繊維の町として発展した。「ガチャンと織れば万の金が儲かる」とまで言われた「ガチャ万景気」のおかげだ。現在の立派な社殿や神馬像は、当時の有力者によって建て替えられたもので、伊勢神宮にも熱心な日参や寄進があったようだ。
その功もあり、荒祭宮(あらまつりのみや、伊勢神宮 内宮第一別宮)から天照大御神の荒御魂(あらみたま)の分霊を賜ることとなった。神宮払下げの古材をもって水かけ龍神像を安置した皇大神宮荒御魂社(白金龍王)がそれだ。
また境内には、豊受大神宮(とようけだいじんぐう、伊勢神宮 外宮)が。さらに境内から離れた木曽川堤防には、皇大神宮(内宮)から約40kmの距離にある別宮瀧原宮(たきはらのみや)にならい、伊勢神宮遥拝所も建立されている。
境内を歩けば、番傘で飾り付けた手水舎、いくつかの案内板、水草と金魚の鉢、魚釣り風のおみくじなど、他の神社では見られないような楽しげな演出が目についた。まるで縁日のような彩りで、不思議と心が弾んでくる。
訪ねた日は、例大祭を前に、花手水がしつらえられていた。大きな祭りがあるときには、こうして参拝者を迎える準備をするという。「新型コロナウィルスが蔓延した頃は、世の中の空気が重苦しく、不安や悲しみに包まれていました。そんな気持ちを和らげるために、花手水を始めたのです」と話すのは、若宮神明社禰宜・岩田秀喜さんだ。
岩田さんが、祖父、母の跡を継いで禰宜となったのは2020年のこと。残念ながらその時点で、神社はかつてのように人が集まる場所ではなくなっていた。そこへさらにコロナ禍が追い打ちをかける。
「神事や祭事が行われ、多くの人が集まって賑やかだった時代を思えば、かなり寂しい状態でしたね。来る日も来る日も、誰も来ない境内の掃除ばかりしていた時期もありました。神社は人が寄りあう場所。かつてのように集会所としての役割はなくなっても、来た方に安らぎを感じていただけるような場所にしたいと思っていました」(岩田さん)
岩田さんは、良かれと思うアイデアを一つひとつ取り入れていった。直書きで授与する月替わりの限定御朱印、御朱印の待合所、ユニークなおみくじや御守り、そして生け花のような花手水に、番傘の装飾などなど。暗く沈んだ世の中の空気を、少しでも明るく、楽しくしたいという一心からだ。
「ダメなら、やめればいいんだから」と、こともなげに言うが、今のところすべて順調に継続していて、やめたものはひとつとしてない。参拝者を楽しませたい、喜ばせたいという純粋な気持ちが、多くの人の心に届いたためか、SNSを通じて遠方からも多くの参拝者が訪れるようになり、地元の人もかつてのように自然と若宮さんに足が向くようになっていった。
2022年の例大祭では、境内に祭り屋台が出て、朝から大勢の子どもたちが集まった。久しぶりの祭りに、子どもだけでなく大人まではしゃぐ姿が見られ、思わず胸が熱くなる。
「ようやく神社を維持していける状態になり、次の世代のためにすべきことを考えるられるようになりました。人々の心の拠りどこりとしてあり続けるために神社が還元できることって、まだまだあると思っています」(岩田さん)
強く願えば、道はおのずと拓く。荒御魂に日々祈りを捧げる岩田さんの確たる願いが、〝若宮さん〟と地域が歩み進んでいく道を、まっすぐに照らし出している。
【若宮神明社 花手水データ】
実施日:例大祭などのイベント時
※公式HP・Google map・ Instagram・Twitterにて発表
※時期や状況によって変更あり
【若宮神明社】
住所:愛知県一宮市奥町字堤下二-95
電話:0586-62-1968
社務所営業時間:9:00~16:00(受付15:30まで/不定休あり)
駐車場:29台
公式HP:https://wakamiya-shinmeisha.amebaownd.com
Instagram:https://www.instagram.com/wakamiyashinmeisya/
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◆Vol.5 Text by 宍戸 厚美(ししど ひろみ)
愛知県在住のフリーライター。大学卒業後、広告制作会社でコピーライター、雑誌編集プロダクションでライターとして勤務した後、フリーに。現在は、企業のブランディングを中心に、東海三県の観光や歴史、企業紹介記事の執筆を行っている。花手水研究会メンバー。
▼寺社Nowオンライン連載「寺社彩々!花手水に誘われて」(花手水研究会)バックナンバー