聖地身延山に誕生!1日1組限定の古民家オーベルジュ宿坊「迎賓館えびす屋」に託した女将の願い

かつてこのまちが輝いていた時代の邸宅が、オーベルジュとして現代によみがえった。

東京から車で2時間半。日本仏教三大霊山のひとつ、山梨県の身延山に、日蓮宗の総本山・久遠寺がある。その山内への入口となる総門をくぐってすぐにあるまちの象徴的な場所に、日蓮聖人降誕800年となる今年(令和3年)、一棟貸しの古民家オーベルジュ「迎賓館えびす屋」が誕生した。

運営にあたっているのは、身延山におよそ20ある宿坊のひとつで、550年の歴史を誇る覚林坊の女将と彼女を慕って集まったユニークな仲間たちだ。

噂によると、迎賓館えびす屋は、どうやら単なる宿泊施設ではないらしい。みるみる元気を失いかけている宿坊街のために、「今動き出さなければ!」と決意した宿坊の女将とそのチームが見ているまちの未来とは!?


資産家の旧邸宅が門前町入口の新たな顔に

聖地身延山は、江戸初期には128坊もの宿坊が並び、昭和40年代までは全国から訪れる参拝客で大いに賑わっていた。総門を入った門前町の目抜き通りには、大型バスが列をなすほどだった。

今回、まさにその門前町の顔ともいえる重要な場所に誕生した迎賓館えびす屋は、身延山随一と言われた資産家の築90年の旧邸宅をリノベーションした古民家の宿として注目を集めている。

リノベーションを担当したのは、創業1156年、神社仏閣の堂宮建築に長く携わってきた地元山梨の「伝匠舎 石川工務店」。

森の中を流れる川のせせらぎに包まれ、文化財としても価値ある木造平屋建てのその空間は、レトロで味のあるガラスが印象的な丸窓や格子戸、名工が手がけた欄間をはじめそこかしこに明治・大正期の意匠が見え隠れし、優雅な陶器製のバスタブや腕を振るいたくなるアイランドキッチン、もちろんWi-Fiも完備され、快適な滞在が約束されている。

また、宿泊もできるレストランを意味する“オーベルジュ”を名乗るだけあって、食事も見逃せない。玄関を出てほんの数秒、旧邸宅の敷地内にしつらえたカフェレストランの厨房で、一流シェフが地元食材をふんだんに盛り込んだローカルガストロノミーを創作する。身延山の豊かな自然、ゆったりとした空間と穏やかな大人の時間を心静かに味わうことができる。まさに比類なき一棟貸しのオーベルジュとなっている。

注目の古民家オーベルジュ「迎賓館えびす屋」誕生の裏には、宿坊街の未来を憂える一軒の歴史ある宿坊の女将の秘めたる決意があった。

本庭園のアプローチの先に「迎賓館」と呼ぶにふさわしい邸宅がある。古民家再生を得意とする伝匠舎・石川工務所の石川重人社長によると「明治大正期の和と洋の香りが絶妙にミックスされ、文化財としての価値も高い」

居室は純日本建築。障子を開けると中庭の先には山の景色。現代アーティストの小松美羽さんが宿泊した際に描いた“かくれドラゴン”が潜んでいるので、ぜひ探してみてほしい

今年4月17日に、日蓮聖人降誕800年祈念奉納ライブペイントを身延山久遠寺で行った小松美羽さん。その先に迎賓館えびす屋を利用した

 

和室には、身延山久遠寺の旧書院を手がけた彫師による欄間も残る。実は未完で、よくみると下絵もそのまま

中庭に面した廊下は、時間を忘れるほどくつろげる

照明や出窓など、大正期の面影を残す洋間

アイランドキッチンで調理も可能。調理器具や食器は完備

新調した浴室は風呂が陶器製

建物の奥には川に面してテラスが設けられている。ここで瞑想やヨガなどを楽しむのも充実した時間だ

 

古民家再生を、まちのにぎわい復活のきっかけに

迎賓館えびす屋は、古民家再生とにぎわい創出によるまちづくりの核となることが期待されている。プロジェクトの仕掛け人は、身延山久遠寺の塔頭寺院で42代つづく宿坊「覚林坊」の女将・樋口純子さん。

彼女が覚林坊へ嫁いで30年が経つ。その間、自坊を含め徐々に活気を失っていく宿坊街の行く末を按じ、次第に不安を募らせていた。そして、実は数年前から、まずはやれることからと本拠地である覚林坊の改革に着手していた。

「息子が近い将来、覚林坊を継ぐことになっています。しかし身延山にはかつてのような賑わいがないし、宿坊群も元気がありません。このままではこの先、どうやっていけばいいのだろう、と不安しかありませんでした。

そこで私にできることは何かあるだろうかと考えたときに、お寺のことは僧侶でないと変えられないけれど、賑わいをつくることなら、ひょっとしたらできるかもしれない、と夢のようなことを考えたのです。それから3・4年で覚林坊のほうは、なんとか以前より多くの方に来てもらえるようにはなりました。欧米のお客様に多数ご利用いただけるようになり、ワシントンポストの取材も受けました。でも、うちが元気になったところで、それだけでまちに活気が戻って来るわけではなかったのです」

覚林坊の女将・樋口純子さん。「私の役目は人と人とをつなぐこと」と言う

過疎化や地域住民の高齢化もあり、営業を縮小したり閉じる宿坊や店が出てきていた。純子さんが悲しんだのは、歴史ある宿坊や店が営業を辞めると建物がたちまち解体されて更地になったり、シャッター街になっていくことだった。

ただ黙って見ているしかないのか。手をこまねいて衰退していくのを見届けるしかないのか。何かできることはないのだろうか……。

そんな悩みを持ち続けていた純子さんのもとへ、ある日、門前町の入口にある文化財級の邸宅を活用しないかと打診があった。

「建物や細部の意匠に、大正、昭和の素晴らしい建築の技が残されていました。古くてあちこち壊れているが、これはなんとしても残さなければ。この再生が、まちの未来につながるかもしれない!」

古民家再生の宿が注目されて収益が出る実例を作ることができれば人がまちを訪れ、伝統の宿坊街を守ることにつながるかもしれない……。悩んだ末に、老後のためにコツコツと貯蓄していた資金をすべてはたいて購入することを決意。それまで覚林坊の女将として培ってきたネットワークを活かして仲間たちを募り、歴史的資源・地域資源を活用した寺町活性化のプロジェクトも立ち上げた。

『みのぶ「自我自参」プロジェクト』と題した詳細な企画書を作成。補助金や助成金の獲得に向けて動き出した。タイトルの「自我自参」には、誰もが自分流でお寺にお参りできる、そんな参詣スタイルを確立したいという思いが込められている

 

集いし人々のスキルがプロジェクトを推進

再生プロジェクトには、地元農家やシェフ、アーティスト、それに脱サラの若い移住者まで多彩な顔ぶれが並ぶ。いずれも純子さんの思いに共感して集まったメンバーだ。そもそも、彼らはなぜ身延山に集まってきたのか。

話は6、7年前にさかのぼる。

「身延山の宿坊といえば、以前は団体バス旅行が中心でした。ところが世の中が個人旅行の時代になっているにもかかわらず、門前町も宿坊も、その変化についていけてなかったんです。宿坊でいえば、覚林坊も含めて、部屋のつくりや食事のスタイルが団体仕様のままでした。時代に取り残されてしまっていたんです。

このままではいけない……。
あるときようやく気が付きました。

そこで、個人のお客さまをお迎えする態勢にシフトしたのです。今となってはそれまでしていなかったこと自体が驚きですが、大手旅行サイトに登録したのはもちろん、東京や鎌倉を訪れている外国人旅行者を呼び込むために、それまで和室でお膳だったお食事をテーブルで召し上がっていただけるようにもしました。いつでも英語で対応できるようにワーキングホリデーで来日している外国人スタッフを雇い、ほかにも身延山に興味を持ってくれる若い人たちに来てもらい、さまざまな体験を用意しました。すると、個人客対応が可能になっただけでなく、驚いたことに次第と宿坊全体に活気が出てきたのです」

数年経ち、宿泊客の約4割が外国の個人客になり、口コミも手伝って、客が客を呼ぶ理想的な連鎖も生まれてきた。古くから働いてくれているおばちゃんたちの英語力がアップするといった、嬉しい副産物まで生じた。

外国人だけでなく、日本人の個人客も増えてきた。特に若い世代が二度三度と再訪してくれるようになり、そのうちに純子さんにいろいろ相談するゲストも出てくるようになった。そしてついには、身延山に移住して、覚林坊で働くケースまで出てくるようになった。人が、人を動かした。

「相談してくれる人の中には、私にはとても真似のできないいろいろなスキルを持っている人たちがいて、そのうえで夢を持って移住先を探している人もいました。そんな彼らと接しているうちに、覚林坊が彼らの夢を実現する足がかりになっていこうと思ったんです。移住の希望があれば、私が地域の方とつなぐようにしました」

夢の応援。
まち再生のプロジェクトが動き出すのは、いよいよここからだ。

気がつけば覚林坊に、若いエネルギーとやる気が自然と集まっていた。彼らが、純子さんの挑戦を強力にバックアップすることになる。

プロジェクトを前に進めるためには、細々とした膨大な準備や段取りが求められる。行政関係の書類作成や営業、外国人観光客との英語でのやりとりなど、メンバーそれぞれが得意分野でその能力を思う存分に発揮した。女将ひとりでは決して実現することはできなかったであろうハードルを次々と乗り越えた。

資金面では、観光庁が推進している宿坊を基点とした観光まちづくり政策「寺泊」事業の補助金の獲得や、農林水産省が推進している「農泊」の振興交付金を受けるなど、本来なら繁雑で膨大な事務処理もチームでこなした。

こうして食事も楽しめる一棟貸しの古民家オーベルジュ「迎賓館えびす屋」は、地域活性化の起爆剤となるべく、開業に向けて加速度を増していくことになる。

 

人の出会いが新たな魅力を生んだ

名家の旧邸宅を再生するにあたり、県内で活躍するアーティストにも声をかけた。ただのリノベーションではない。聖地身延山にあって、「ここだけの価値」を生み出すことがいちばん大切だと考えた。

 

クリエイティブ・ウッド・ファクトリー・ケイの栗原 大(ふとし)さんと髙橋裕美(ひろみ)さん。以前覚林坊のリフォームを担当したことがきっかけで、今回はロゴや照明、隣接するカフェのデザインなど室内装飾全般を担当した。「伝統息づく身延山で、今回はとても大きな挑戦だと思います。同じような悩みを抱えている古い町の参考にしてもらえる成功事例になるのではないでしょうか」

玄関には、陶彫作家で書家の市田志保さんの作品「邂逅」が掲げられた。「私の個展に来てくださった純子さんがこの字に感銘を受けてくれて、お話しをしているうちに、彼女の思いにふれ、今回書かせていただくことになったんです。この宿が地域の拠点になっていってくれると信じています」

延山大学の工房・彫玄堂の佛師でもある依田司さんによる襖絵も必見

オーベルジュの要となるキッチンも、プロフェッショナルなチームが編成された。東日本大震災で被災して東京へ避難したのち、代々木上原でオーガニックレストランを営できた伊藤雄士シェフを筆頭に、県内で活躍するつながりのある料理人やソムリエの協力で、身延の粋を集めた旬のメニューを開発して提供することが可能になった。

夕食の一例。地域由来の食材や調理法を採用

朝食の一例。夕食同様に小鉢で色とりどりの料理が提供され、朝からご機嫌だ

身延町は “幻の大豆”と言われている「あけぼの大豆」の産地。生産量が限られ生産者も少ないこの大豆を使った納豆は、純子さんは10年以上毎日手作りしている自慢の逸品。お土産に喜ばれているほか、覚林坊の公式通販サイトでも購入できる

霞が関の役人だったが、相手の顔が見える仕事がしたいと営農を志し、あけぼの大豆を知って身延町へ移住した小川貴志さん。純子さんの紹介で町内に畑を借り、少しずつ野菜の生産を始めている。収穫した野菜は、迎賓館えびす屋や覚林坊で使われている。補助金や交付金の申請時には、彼が前職で培ったスキルが大いに役立った

取材時に料理を担当してくれたのはソムリエの小寺洋平さんと、普段は甲府で予約制の居酒屋を経営する岩間健季(たけとし)さん。ともに山梨県で活躍中

覚林坊の名物にもなっている寺ビールが、迎賓館えびす屋に隣接する「農カフェZENCHO」で味わえる

寺ビールは今年4月に商品化され、「開眼寺ビール」として覚林坊で販売しているほか、現在クラウドファンディングでも先行発売中

宿に隣接する「農カフェZENCHO」。居心地のいい空間は、観光客だけでなく、近隣住民の利用も多い

さらに迎賓館えびす屋では、人と人のつながりで、新たなおもてなしのパフォーマンス『祭り』が誕生した。演じるのは、女将に影響されて身延山に移住してきた青年の一人、大手ゼネコン出身の遠藤史哉さんだ。生まれ育った岩手に伝わる郷土芸能『八木節』を力強く舞う。

その八木節に、女将の息子で副住職の樋口是皐(ぜこう)さんが加わって、幼い頃から鍛え上げてきた身延山「御会式万燈行列」のパフォーマンス「纏(まとい)」を披露して熱い競演を繰り広げる。ときにはゲストも参加して、得がたい体験となる。

身延山でも、ここだけでしか見ることのできない特別なおもてなしパフォーマンスは、すでに迎賓館えびす屋の名物となっている。人と人との出会いが生んだコラボレーションだ。

 

域の違う二つの祭りのコラボを見られるのは、ここだけの価値

覚林坊の樋口是皐副住職

『祭り』で八木節を披露するゼネコン出身の遠藤史哉さん(左)は、覚林坊や迎賓館えびす屋をはじめとしたプロジェクトの立ち上げや資金調達、現場マネジメントと並行し、まちおこし×教育をテーマにお祭り体験「八木節」や県内外の大学生と身延町の活性化を図る「遠藤塾」などの活動も精力的に行う/情野瑞穂(せいのみずほ)さん(中)は、山梨でカフェを開業する夢の実現を目指して地元埼玉と身延町の二拠点生活を送っている/日本画や金継ぎを学びながら覚林坊に住み込みで働くフランス人アーティストのダミアンさん(右)は、日本国内で定住先を探している時に覚林坊の女将と出会い、宿坊の雑務を手伝いながら創作の日々を送っている

まちの未来を憂える宿坊の女将の思いに自然と結集したメンバーたちの多彩な個性が、迎賓館えびす屋で結実しようとしている。常に考え、浮かんだアイデアを形にするための方法を追い求め、そしてただひたすら試行錯誤を重ねて実践するという、ささやかだが愚直な行動力が、人を変え、まちを変えるきっかけとなっている。

しかしなぜ、そこまで頑張れるのか。

「身延山にはもともと、人を受け入れる空気があったんだと思っています。もちろん山内のどの宿坊も、そういったフレンドリーさや、おもてなしの心があり、それこそが私たち身延山の最大の良さだと今でも思います。

ところがいつの間にか、山全体が元気をなくしてしまいました。活気を取り戻し、身延山の歴史を未来にも伝えていくためには、昔からのこうした良さをもっと提供していくべきではないかと考えました。

しかし、全員が身内のようなこのまちで、中の人間である私のような女性が声を大にしても、なかなか町内の人の心は動きません。ところが、外から身延山にやってきて、この土地の良さを感じてくれた若者たちが頑張っている姿は、まちの人にもかなり響いたようです。うちの若いスタッフや外国人スタッフに気さくに声をかけてくれる地元の方々がずいぶん増えてきたように感じます。

このまちのためにと思って動いていることを、若い人たちがみずから率先して手伝ってくれる。そうした彼らの日々の積み重ねと頑張りが、このまちに少しずつ変化を生み出しているような気がします。でも、まだまだです。もう少しだけ、私も止まらずに頑張らないと(笑)」

思いに惹かれて集まった仲間たちの存在が、今度は純子さんの原動力になっている。そこに、素敵な循環が生まれていた。

純子さんとプロジェクトメンバーの挑戦は、まだ始まったばかりだ。迎賓館えびす屋のすぐ隣に、廃業した温泉旅館が寂しげに佇んでいる。すでにこの敷地と建物もとびきり格安で手に入れた。この温泉旅館をリニューアルして、宿坊街の拠点となるビジターセンターを創る。さらに、山内の売店を新たな施設として生まれ変わらせることも考えている。まちをよみがえらせるためのビジョンは尽きない。

思いが人を呼び、人が人を呼び、そして人がまちを動かしていく。
回り出した車輪は、もう止まらない。

 


古民家オーベルジュ「迎賓館えびす屋」

住所:〒409-2524 山梨県南巨摩郡身延町身延3955
電話:0556-62-0014

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