「西陣織は世界最高峰の織物です。日本にはこんなに美しい織物、そして仏像があることを知ってもらいたかったのです。それでまずは国宝級の仏像を織ろうと思ったのが始まりです」(蔦屋館長)
きのうきょうの話ではない。今から約15年も前のことになる。トライアルの第1号として聖林寺の国宝十一面観音像をモチーフに選んだ。その理由は「この世で最も美しい仏像だから」。海外市場も視野にあった。
それからというもの、西陣の未来を賭けて職人と試行錯誤を繰り返した。そしてついに、等身大の仏像を織り上げた。
そもそも西陣織は、限りなく細い糸を複雑な工程で織り上げ、金糸・銀糸を織り込み、絢爛豪華で瀟洒な日本文化を彩ってきた。今回の仏像再現の挑戦にあたっては、最高級の帯に使われる糸の3分の1の細さという驚異の超極細糸を用いている。縦糸がおよそ2700本、横糸が2万4400本。15色の糸を重ね、重厚かつ陰影のある豊かな表情を立体的に織り上げた。偉業にも等しいこうした糸のコントロールを可能にしたのは、最先端のコンピューター技術による。
ただし、コンピューターさえあれば出来ると思ったら大間違いだ。
「色柄を設計する〝製紋〟は、今ではコンピューターが担い、CGによる製紋情報で織り出しますが、一番肝心なのは匠(たくみ)の目です。熟練した職人が糸の調子で機械を止めつつ、見守りながら織り上げていきます」(蔦屋館長)
実際の織りに使われるのは、江戸時代からの伝統織機。最新のテクノロジーに匠の技を掛け合わせ、伝統の上に革新を紡ぐ。そうすることで仏教美術品としての新たな織物「西陣美術織」が生み出された。
かくして誕生した西陣美術織の第1号「国宝 聖林寺十一面観音」は評判を呼び、その後、奈良・中宮寺の国宝菩薩半跏像や、興福寺の国宝阿修羅像など全国の仏像約50体を織り上げることに。
そして昨秋2021年10月、満を持して、西陣美術織の作品を展示紹介する西陣織国際美術館をオープンした。現在、開館記念のキャンペーンとして「祈りと美の回廊 西陣美術織 国宝の仏像織展」が全国を巡回している。
「おかげさまで、オリエンタルに関心が高い中東や中国からもオークション出展の依頼が来ています」(蔦屋館長)
十一面観音像は、その頭部を見てわかるように360度全方位を観て、救いを求めるすべての人の音(声)を聞いて歩み寄り、救済の手を差しのべる。現在奈良博に出座している国宝の十一面観音はもちろん、留守中の聖林寺に納められた西陣織の十一面観音も、共に世界中の一人ひとりをやさしく見守っている。
▪奈良国立博物館特別展「国宝 聖林寺十一面観音〜三輪山信仰のみほとけ」
(会期:2022年2月5日〜3月27日)
公式サイト:https://tsumugu.yomiuri.co.jp/shorinji2020/
▪西陣織国際美術館
公式サイト:http://www.nishijin-art.com/
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