こうした取り組みが可能になる背景として、禅の湯が単なる宿泊施設ではなく、歴史ある慈眼院という寺院の宿坊であることが大きな要因となっている。スタッフの多くは移住者だが、地域で長年信用を築いてきた寺院が架け橋となることで、地域コミュニティーになじみやすくなるという利点がある。
慈眼院は以前より、地域の複数の檀家から「空き家をもらってくれないか」といった相談をされていた。一方で、移住してきたスタッフからは「家を借りたい」「店を営むスペースが欲しい」といった需要がある。そこで、家を持てあましている檀家と空き家を探しているスタッフとをマッチングすることにした。
檀家は空き家を活用して家賃収入を得られるようになる。さらに、若い人に地域の祭りや清掃に参加してもらえるようにもなった。一方で禅の湯のスタッフは、住む場所や事業を営むスペースを見つけることができる。加えて、檀家を通じて地域の行事に参加できるようになり、自然と河津町に溶け込むことができる。
一般的に移住者は、土地の人から「よそ者」扱いされ、怪訝な目で見られてしまうことがありがちだ。ところが、禅の湯で働く場合は、「慈眼院に勤めている人」といった肩書と信用があるおかげで、「お寺の人なら安心」と地域に受け入れてもらいやすくなる。地域で信頼を積み重ねてきた寺院が介在するからこその現象と言えるだろう。
こうして、スタッフが経済的に自立しながら地域コミュニティに根付いていくと、結果として過疎化・高齢化が進行する地域に変化が生じてくる。廃校の危機にある地元小学校に通う子どもたちが増え、まちに希望の明かりが灯される。
禅の湯の事業は、「慈眼院の寺族の生活のため」「お寺の維持管理のため」から出発しているが、それだけに留まらず、スタッフの成長や独立、地域への定着をサポートすることで、消滅寸前の過疎化した地域を持続させていくための取り組みにもつながっている。みんなで助け合いながら商売をしていくと、地域は廃れず、まわりまわって寺院も運営を続けていくことができる。そうした好循環が生じている。
現在、過疎化や高齢化は、全国各地の課題となっている。寺院の特性を活かして地域の課題解決のためにできることを模索した禅の湯の挑戦は、一つのモデルケースとなりうるだろう。