弘法大師ゆかりの地である福岡県篠栗町の若杉山。天保年間に尼僧・慈忍の呼びかけによってこの地に村人がお堂を創り始めたのが、現在の篠栗八十八箇所霊場の始まりといわれている。しかし、若杉山麓に88の札所が広がり、日本三大新四国霊場のひとつにも数えられる聖地だが、近年は遍路の減少により、最盛期に50軒ほどあった宿坊や旅館も10軒程度を残すのみの静けさとなっている。
この霊場に、令和元(2019)年7月、民泊宿「和み庵」が新たに誕生した。開設したのは、篠栗霊場第三十九番の延命寺(高野山真言宗)である。
運営しているのは、牟田良康住職と坊守の容子さん。
「たまたま出会った遍路中の女性に、野宿で札所を巡っていると聞きました。そのような人がほかにもいると聞いてはいたので、とても心配だったんです。同じ頃、隣家の方がよそへ移住する際に自宅の寄進を申し出られ、だったらそのお家をお遍路さんのための宿にしようかと住職と話し合いました」と容子さん。
しかし、金銭的な余裕があるわけではない。そこで「実は前職が自動車整備士で、手先は少し器用でした。だから自分で作るならそんなにお金がかからないはずだと考えたんです」と語る住職が、DIYでリフォームを決意。
分からないところはインターネットで調べ、参加している地域の消防団のつながりで知恵や手を借りながら完成させた。出来上がった宿は、室内だけでなく、古い瓦で入口周辺を装飾するなど、とても手作りとは思えない仕上がりになっている。
篠栗霊場を知ってもらう、ベースの宿として活動したい
オープンから半年は、自分たちが運営に慣れるためのお試し期間と位置付けた。利用者は半年10人だった。
「地元にチラシを配った以外、告知はしていません。少しずつ慣れながら、ここを拠点に何ができるかを考えたかったので」と住職。寺も宿も、人に来てもらう方法を考えなければ、との思いからだ。
篠栗霊場には遍路が定期的に訪れる。先代住職が考案したコースを歩く遍路体験が地元の新聞に掲載された際には、一度に20人もの人が来た。しかしそれだけでは駄目だと考えている。
「博多から電車で15分の場所ですが、篠栗霊場を訪れる人は減っています。だから霊場の住職の一人として、宿を舞台に、篠栗で“泊まるだけでない何か”を創り、広く告知していくべきと考えています。もちろん宿の開設と同様にお金はかけられないので、知恵を絞ります」
歴史や伝統だけで人を惹きつけるには限界がある。それは霊場も老舗の旅館も同じ。知恵と工夫で、霊場の新たな魅力開花をめざす。
高野山真言宗篠栗山延命寺 「和み庵」
〒811-2405
福岡県糟屋郡篠栗町篠栗3941
TEL:092-947-0491