寺社彩々!花手水に誘われて Vol.6:北野天満宮(京都府京都市)〝隠れ天神〟を探せ!!

文:金山智子 KANAYAMA,Tomoko

情報科学芸術大学院大学[IAMAS]メディア表現研究科教授
「花手水研究会」主宰

〝学問の神様〟菅原道真公をご祭神(天神さま)としてお祀りする神社は、全国に約12,000社。筆者が暮らす京都で「天神さま」「北野さん」の愛称で親しまれている北野天満宮はその一つであり、全国天満宮の総本社にあたる。道真公にあやかろうと真剣な面持ちで願を掛ける修学旅行生や受験生の姿を見かけると、思わず大学教員目線で「ガンバレ!」と心の中で声をかけてしまうが、かく言う私も、何かにつけ参拝してはお願いごとをしたりしている。

そんな北野天満宮は、境内1,500本が咲き誇る2月の梅でよく知られている一方で、実は花手水の豪華さや華やかさもまた格別で見逃せない。

北野天満宮に2カ所ある手水舎のうち、花手水の手水舎は楼門を入った右手側に見つけることができる。どっしりとした手水鉢の正面には「梅香水(ばいこうすい)」と風格のある大きな文字が刻まれ、季節感に満ちあふれたカラフルで多種多様な草花に囲まれて〝神の使い〟の御神牛(ごしんぎゅう)が中央に鎮座している。

その光景は、いつ見ても美しく見事なアレンジがされていて、訪れる参拝者を華やかに驚かせてくれる。

楼門を入って右手にある花手水(北野天満宮提供)

季節を感じさせる美しい花手水(筆者撮影)

北野天満宮が花手水を始めたのは、令和2年(2020)6月のこと。JR東海が企画した花手水ツアーがきっかけだった。JR東海とはこれまでにもさまざまな連携を行ってきたが、北野天満宮らしいオリジナルな花手水は何かを当初より検討した。

たとえば、花は生ものであり、傷むと見栄えも悪くなることから、「花手水は毎週替える」ことをあえて決まりにした。年間を通して毎週花手水を替える寺社は、筆者の知る限り、全国でも少ない。

「参拝者に喜んでいただく為に、そこは我々としても思いを込めて行っている」と権禰宜の堀川雄矢さんは参拝者の気持ちを慮る。

左右が微妙に異なる粋な演出も(筆者撮影)

左右で全く違う華やかさを演出(北野天満宮提供)

独創的な生花のよう(北野天満宮提供)

新学期や入学を祝う500本のスイトピー(筆者撮影)

花手水を始めた頃は、手水に花々を浮かべるだけだったが、次第に工夫を重ねて、だんだんと現在の生け花スタイルへと進化した。神社のさまざまな神事や行事とテーマを連動させ、統一したイメージが伝わるような花手水をお披露目することもある。

たとえば、宝物殿で刀剣展が開催される際には刀剣をイメージした花手水、秋の伝統行事「ずいき祭」では秋の収穫物の一つである南瓜をモチーフにするなど、企画テーマから連想されるイメージを花屋さんに伝え、花手水のデザインが決まってくる。

ずいき祭では南瓜をアレンジ(北野天満宮提供)

修学旅行生や観光客による参拝はもちろん大切にされているが、同時に、日常的に参拝する地元の人たちが楽しめるような仕掛けも施されている。その仕掛けとは、御神紋である「星梅鉢」のイメージを、花手水のどこかに必ず入れるという約束ごと。

菅原道真公が梅を愛されていたことから、全国の天満宮のご神紋は梅鉢となっていることが多い。北野天満宮は、星の信仰と縁が深いことから、梅鉢の真ん中に丸の「星梅鉢」を御神紋とする。この星梅鉢を花手水の中で必ず表現するという仕掛けがなされているのだ。

デザインによっては星梅鉢がすぐに見つかるが、場合によってはじっくり探さないと見つからない。ただ単に綺麗な花というだけでなく、北野天満宮の信仰や神社にまつわることを花手水にも盛り込みたいと、企画当初から仕掛けられ、今日に至っている。

北野天満宮の御神紋「星梅鉢」(左)と花で表現された星梅鉢(右)(筆者撮影)

こうした思いが込められた花手水に秘かに埋め込まれた星梅鉢は〝隠れ天神〟と呼ばれ、参拝者からは「今回の隠れ天神はどこですか」と聞かれることもよくあるそうだ。また、隠れ天神を知らずに来た参拝者から、「これは何ですか」と聞かれることがあり、その際には天満宮の歴史について丁寧に説明する。

かつて平安京の大極殿は、北野天満宮の南に位置し、北野天満宮は平安京の北西(天門)の守護を司っていた。北野天満宮の上空には北極星が輝き、太陽・月・星の運行が天皇・国家・国民の安寧に関わるとする「三辰信仰」と結びついた。「星梅鉢」の星は、北野天満宮にとって重要な意味がある。花手水に忍ばせた〝隠れ天神〟は参拝者を意識、無意識のうちに北野天満宮の歴史へと誘うツールになっている。

花手水に埋め込まれた星梅鉢(筆者撮影)

カラフルな隠れ天神(北野天満宮提供)

独創的な隠れ天神(北野天満宮提供)

TwitterやInstagramなどSNSでの発信も重視する北野天満宮では、神事や花手水などの情報も積極的に投稿しており、数多くのコメントが寄せられる。

「今回の隠れ天神見つけられました」「修学旅行で来たことあったけど、こういうのは知らなかった」「今は行けないので、Twitterなどで発信してもらって参拝した気持ちになりました」といった発見や驚き、コロナ禍で来られない遠方の人たちからのリアクションも多い。

投稿にあたっては、すべてを見せるのではなく、実際に北野天満宮を訪れたいと思ってもらえるような説明を意識しているという。それは何より、「実際に神社に来て参拝をしていただき、その上で、花手水を楽しんでいただく」ことが大切だと考えているからにほかならない。

新春の花手水も豪華 (北野天満宮提供)

元来、花手水は信仰の一つの形態であり、手水が整っていない場所で神事を行う際、朝露をとって禊祓うことを意味している。したがって、単に流行りではなく、禊の精神として、花手水舎として水で清めてもらうと同時に、目で見て、心からリフレッシュしてもらいたいという思いで行っている。

「今後は、その時期や時節にあったテーマによって参拝者に楽しんでもらいたい。参道を進み、花手水にて身を清め、心を鎮めていただき、清々しい気持ちでお参りをしていただければ、天神さまもきっとお喜びになると思います」と権禰宜の堀川さんは話していた。

花手水は、美しさだけではなく、神社として教化となるもの。人々を神社へと誘い、参拝者を清め、癒し、楽しませ、そして、信仰と歴史に触れるきっかけとする。花手水の役割は、ますます進化し、また深化していく。

TEXT by 花手水研究会・金山智子(かなやま ともこ)
大船渡生まれ。情報科学芸術大学院大学教授(マスコミュニケーション学博士)。ルーラルエリアやマイノリティ、災害や環境などをテーマに長期的なメディアコミュニケーション研究を行なう。近年は記憶、レジリエンス、ケアをキーワードに、フィールドワークや実践プロジェクトを通して、これからの持続可能な社会のあり方について探求している。2021年花手水のケア力に魅了されて花手水研究会を主宰。

▼寺社Nowオンライン連載「寺社彩々!花手水に誘われて」(花手水研究会)バックナンバー

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監修:全国寺社観光協会

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