寺社を未来につなぐ最先端テクノロジーの活用
自然劣化や災害、破壊などで本来の姿を失った文化財を、クローンとして現代に甦らせる技術を東京藝術大学が開発した。特許も取得したこの技術は、文化財の「保存と公開」の間で揺れるジレンマを解消させる画期的な手段となりそうだ。
東京藝術大学が生み出した文化財継承のための技術とは
平成29年(2017)秋、上野の森は「特別展 運慶」や「怖い絵」展などが開催され、それぞれ入場一時間待ちは当たり前になるほど、美術愛好会で大いににぎわった。その中でも異彩を放ちながらも多くの鑑賞者を集めていたのが、東京藝術大学大学美術館で開催された「シルクロード特別企画展 素心伝心クローン文化財 失われた刻の再生」だ。
普通、展覧会は“本物”を展示し鑑賞するものだが、この企画展のコンセプトは“クローン(複製)”である。かつて、火災によって古の美しさを失ってしまった「法隆寺金堂壁画」が釈迦三尊像とともに、まるで失われた時間が再生されたごとく、質感はもちろん、年月を重ねてまとわれた古色までも現代に甦らせることに成功した。また、平成13年(2001)に完全に破壊され、今は跡形もない「バーミヤン東大仏天井壁画」さえも、壁画の手触りまで復元されたのである。
これまで文化財における共通の課題として、「保存と公開」の兼ね合いがあげられている。保存を優先するなら非公開として封印してしまう方がよいが、その価値をも封印してしまうことになる。逆に公開を優先するのであれば劣化や損傷のリスクを免れない。観光客が飛躍的に増大している現代ではなおさらだ。「シルクロード特別企画展 素心伝心クローン文化財 失われた刻の再生」では、この文化財の「保存と公開」の問題に対して新たな答えを投げかけている。こうした文化財の本来の姿を現代に甦らせる試みが各方面で行われているが、東京藝術大学COI拠点(以下東京藝大)は、文化財をクローンとして複製する特許技術を開発した。この東京藝大が産学連携で研究を進める、高精度な文化財の複製は「クローン文化財」と呼ばれる。
これまでの複製と大きく異なる点は、最先端のデジタル技術を使って精度の高いレプリカを作成し、さらに彫刻、絵画、工芸などの美術家による人の手技や感性を取り入れて仕上げることで、単なる複製ではなく新たな芸術を生み出すことにある。
このクローン技術を使って初めて再現されたのが、法隆寺金堂壁画12面である。四方四仏と八大菩薩が描かれ独創的な優美さをたたえ、インドのアジャンター石窟群や敦煌莫高窟の壁画とともに古代仏教絵画の傑作と知られるこの壁画が、クローン文化財として昭和24年(1949)に焼損する以前の状態に再現された。さらに、日本仏教彫刻史における最高傑作とされる釈迦三尊像や重要文化財の天蓋も再現され、まさに仏教美術の極地とも言える空間の再現がなされた。