寺院の事業を地域のために活かす
地域と人をつなぐことが奏功し、今や人気宿となった禅の湯。コロナ禍にあっても変わらず活況を呈しているが、当然、地域にも寺院にも大きなメリットを生み出している。
「リニューアルに際して、金融機関から融資を受けるために株式会社を設立しました。その会社が寺院から土地を借りて宿を運営して、売上から寺院へ賃料を払う仕組みを当時から続けています。その収入を活用し、慈眼院は境内や墓地を整備しているのです」
こうすることで、寺院運営資金を檀家頼みにしなくて済む。
河津町は過疎化と高齢化が同時進行している地域で、慈眼院の檀家も7割近くが年金世帯だ。寺院の修繕などを檀家からの寄付に頼ったままでは、檀家に頼れなくなることは目に見えている。その先には衰退しかない。
そうした事態を避けるために、寺院と運営会社を切り分けて別法人として、宿の運営会社から寺院に家賃が支払われる。禅の湯が収益を上げ続ける限り、寺院の経営も安定する仕組みだ。檀家からは「お寺が良くなった」と喜びの声も届く。
「しかし、お寺のためだけに禅の湯があるわけではありません」と稲本さん。移住してきたスタッフに地域の空き家を紹介していることは先述したが、その際に、禅の湯と慈眼院の関係があるからこそのルールを設けている。
「縁もゆかりもない地域に移住して生きていくには、地域に溶け込めることが大切です。全国的に移住する人が増えていますが、その中で挫折する人の多くは、地域をよく知らずに移住してしまったことが原因だと思っています。移住者を受け入れている以上、多くの若い人が長くこの地域で暮らしてほしいと思っているので、禅の湯で働きながら地域に溶け込み、地域の人たちと馴染んできたのちに、家を紹介しています」
例えば地域で見かけない若い人が歩いていると、地元の人は「どこの人?」と尋ねる。その時に「慈眼院で働いています」と言えれば、安心してもらえる。一度安心してもらえると、やがて会話ができるようになってくる。また檀家から預かった家を借りる人を紹介する際に、人となりを持ち主に聞かれ、「慈眼院で働いている人」と言えば、お寺の人なら大丈夫と思ってもらえる。古くから地域に頼りにされてきたお寺だからこそ、できるマッチングだ。
「お寺の役割って結局は、地域のために何ができるかに尽きます。宿を運営して地域に人を呼ぶことだけでは、地域のためになりません。お寺と関わりのある檀家さんの課題は空き家。ならばそれを、お寺が信用を担保する形で解決していくことが、役立つということではないでしょうか」
檀家の空き家にスタッフが暮らし始めたことで、持ち主には賃貸収入が生まれている。禅の湯のスタッフが借りている家はすでに5軒。禅の湯が繁昌し、スタッフが増えていけば、空き家の活用もさらに進む。ほかにも、禅の湯のスタッフとして地元で15名近くの雇用を生み出した。禅の湯があることで、地域にはまだまだプラスの効果が出ていると稲本さん。
「若い世代が移住したことで、地域の祭や行事が維持できるようになったと言われます。移住したスタッフが高齢者の家の草刈を手伝ったりする交流も増えていますし、おばあちゃんの味噌づくりを手伝ったことがきっかけで、その味噌を商品化する計画に発展するなど、いい循環が生まれています」
地域の寺院が檀家に頼る構造は、もう崩壊しかかっている。そうではなく、寺院離れを防ぐためにも、檀家にメリットを生む寺院経営が、これからは求められる。慈眼院と禅の湯、そして地域との関係は、地方寺院のあり方の一つのモデルケースになると確信した。
「モダン宿坊 禅の湯」
〒413-0501 静岡県賀茂郡河津町梨本28-1
電話:0558-35-7253
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