概要
コロナ禍やロシア・ウクライナ戦争などを通じ、改めて、現実世界に窮屈さを感じる人が増え、物理的制約のない仮想空間の可能性、社会的期待は今後ますます高まるものと思われます。仮想空間は、日常世界のみならず、精神世界にも応用できる可能性を有します。もちろん、仏教を含むアジアの伝統知も例外ではありません。そうした中、熊谷誠慈 人と社会の未来研究院准教授、古屋俊和 株式会社テラバースCEOらの共同研究グループは、仏教とメタバース技術を融合させた仏教仮想世界「テラバース」の開発を開始しました。「テラバース」は「一兆(テラ)の宇宙(バース)」という意味で、伝統知とテクノロジーを融合させ、重層的な精神世界を構築していく予定です。
その端緒として、AR(拡張現実)やAI(人工知能)などの最新技術を用いて、現実空間上に仏教対話AI「ブッダボット」のアバターを召喚し、ブッダと直接対話できるプラットフォーム「テラ・プラットフォームAR Ver1.0」を開発しました。
「テラバース」は「テラ」(寺院)という裏の意味も含んでいます。日本の多くの寺社仏閣は、本堂などの物理的な建築物の建設や維持に困難を抱えるようになりつつありますが、VR(仮想現実)やARなどの技術をさらに応用すれば、将来的には、物理的資材を用いることなくサイバー空間上でも寺社仏閣を建築・維持でき、遠隔地からの訪問に困難を抱えつつある過疎地の寺社にとって地理的なハンディを克服できるようになるなど、様々な可能性があります。このように、「テラバース」は、現実空間に窮屈さを感じている人々を時空の制約から解放します。
1.背景
コロナ禍では、3密を避けるために物理空間の利用が大幅に制限され、コミュニティが分断されるなど不自由な生活を強いられるようになりました。また、ロシア・ウクライナ戦争など、国家間の物理空間における領土争いで多くの人々が苦しんでいます。このように、現実世界に窮屈さを感じる人が増えていくことにより、物理的制約のない仮想空間の可能性、社会的期待はますます高まるものと思われます。
また、精神世界にも物理空間で展開しているがゆえの問題が様々に生じています。宗教離れが進むわが国では 2040 年には 3 割の仏教寺院が消滅するとも言われています。収入が減った寺社は建物の維持管理も困難な状況であり、過疎地域の寺社は遠隔地からの信者の訪問に困難を抱えつつあります。こうした状況において、世俗世界においても精神世界においても、サイバー空間の活用は、困難の原因である物理的制約を回避させ、大きな利益と持続的発展の可能性をもたらすものと思われます。
そうした中、京都大学 人と社会の未来研究院の熊谷誠慈 准教授、株式会社テラバースの古屋俊和 CEO らの共同研究グループは、人々を物理空間の制約から解放すべく、仏教とメタバース技術を融合させた仏教仮想世界「テラバース」の開発を開始しました。
2.テラ・プラットフォーム AR Ver1.0 の技術内容およびコンテンツ
その端緒として、AR(拡張現実)と人工知能(AI)等の技術を用いて、仏教対話 AI「ブッダボット」のアバターを現実空間上に召喚し、直接対話できるプラットフォーム「テラ・プラットフォーム AR Ver1.0」を開発しました。
スマートフォンのカメラ機能を使用することで、スマホ画面を通じて目の前にブッダボットのアバターを召喚することができます。このブッダボット・アバターに話しかけ、質問をすると、ブッダボット・アバタ ーが仏教経典に基づいた回答をしてくれます。
なお、この度テラバースと接続するブッダボットは、2021 年 3 月に公表したブッダボットの試作品※1 から大きく進化しています。アルゴリズムの修正に加え、亀山隆彦研究員(京都大学 人と社会の未来研究院)をリーダーとするデータ班が、学習データ数を約5倍(約 200⇒約 1000)に増やしました。学習経典も、最古の仏教経典『スッタニパータ』に加え、2つ目の経典として、代表的な原始仏教経典の1つ『ダンマパダ』を部分的に機械学習させています。
※1 プレスリリース「ブッダで悩みを解決、仏教対話 AI「ブッダボット」の開発-伝統知と 人工知能の融合-」https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-03-26-3
3.今後のテラバース開発構想と波及効果
今回開発した「テラ・プラットフォーム AR Ver1.0」は、使用者自身が、目の前にブッダボット・アバタ ーを意図的に召喚するという形式ですが、今後、例えば、スマートフォンの位置情報アプリと組み合わせることで、散歩中に道端で仏教系アバターと偶然出くわす等、様々な機能の開発が期待されます。
また、VR 技術を用いた「テラ・プラットフォーム VR」 も開発を進めていく予定です。例えば、仏教寺院について言えば、サイバー空間上にアバター寺院を建立することができ、支院(本寺所属の小寺院)の一種としても利用することが可能になります。また、スタッフの足りない小寺院であっても、アバターを利用することで、大きな負担なく訪問者の同時対応・異時対応ができるようになります。
また、リアル寺院とアバター支院を同期させることで、フィジカル空間とサイバー空間の両方から、同じ寺院の行事に参加することもでき、参加者同士がサイバー空間とフィジカル空間を超えたコミュニケーションを行うことも可能となります。将来的には、遠方に引っ越した信者とサイバー空間上で繋がり続けることも可能となり、また、これまでご縁のなかった遠方の信者を獲得することもできるようになり、過疎地の寺社が地理的なハンディを克服することも可能となります。
このように、AR や VR、人工知能技術を用いてフィジカル空間とサイバー空間を融合させることで、これまでにない宗教活動を展開していくことが可能になります。
なお、「テラバース」は「仏教」を中心とする精神世界とサイバー空間を融合させたものですが、本技術を応用することで、精神世界のみならず産業界、文化・芸術にも大きな波及効果を与える可能性が存在します。
例えば、チャットボットxAR 技術を応用し、歴史的偉人や芸術家、実業家らの理念と触れ合える場や、宗教やスピリチュアル、コミュニケーションの場を創出することもできるでしょう。AI と対話することで本音を引き出し、コミュニティメンバーの悩みを分析・解決策を見つける場として活用することもできます。また、仮想空間を用い物理的制約から解放されることで、教えや文化、芸術などを、より柔軟な形で構築し、人々のもとに届けることも期待できます。
将来的には(文化・宗教的要素が後回しにされがちな)スマートシティやスーパーシティなどとの接合可能性も期待されます。このように、「テラバース」は、人々を従来の時空の制約から解放し、より自由で希望に満ち溢れた生活の実現に貢献することが期待されます。
4.プロジェクトの今後の課題と伝統知テック産業の創出
目下最大の課題は、「テラバース」の量と質、サービスの種類をどう向上させていくかということです。 現在の「テラバース」には、ブッダボット・アバターのみが存在していますが、今後、様々な種類のアバター(例えば親鸞アバターなど)が作製されることが期待されます。
また、今後、メタバース上に、バーチャル寺院・アバター寺院を構築していく予定ですが、ユーザーの利用が 1 回で終わるのを避け、使い続けてもらえるサービスの提供が課題となります。そのためには、訪れたくなるコミュニティの構築、AI を使うことでシステムが進化し、訪れるたびに新たな学びがある空間として作っていくことが鍵になります。
また、仮想空間ゆえの自由さが人々に開放感を与える一方、自由さゆえに様々な悪用が生じる可能性があり、無制限での一般公開には注意が必要です。当面は、学術利用およびモニター利用のみとし、不特定多数への一般公開はしない予定です。
仮に、将来的に一般公開し誰もが利用できるようになった場合、僧侶の仕事が奪われてしまうのではないかといった懸念も生じうると思いますが、むしろ寺院側・僧侶側が「テラバース」を積極活用することで、宗教とメタバースとの共存可能性を模索することもできます。
また、テラバース上で展開される仏教マテリアルについては、仏教徒たちの信仰の対象であることから、その扱いについては慎重に行う必要があります。
なお、現代の悩みの多くについては、数千年の歴史の中で仏教などの宗教や哲学などにおいて事例と解決案が提示されており、そのノウハウを現代に合う形で提供することで、現代人の負担を減らすためのコンサルティングも可能になると考えられます。
また、時代や場所を超えて保持されてきた智慧(伝統知)を最先端の科学技術と融合させることで、これまでにない新しいプロダクトやサービスを創出できるものと思われます。こうした活動を通じて「伝統知テック産業」の拡大が期待されます。
これまで熊谷准教授と古屋 CEO を中心に、伝統知と科学技術を融合した新奇的なコンセプトやテクノロジ ーを開発してきましたが、今後、「伝統知テック産業」の拡大と社会実装を進めるべく、伝統知を基盤としたコンサルティングとテクノロジー開発を行うスタートアップ企業「株式会社テラバース」を創立しました。
<用語解説>
1.テラバース:AR や VR、AI など最新技術を用いてメタバースを構築し、仏教に応用した仏教仮想世界。
2.テラ・プラットフォーム AR Ver1.0:AR 技術や AI 技術等を用い、スマートフォン画面を通じてブッダボ ットを目の前に召喚できるプラットフォーム。
3.ブッダボット:仏教経典を人工知能に機械学習させ一般ユーザーと対話できるようにした仏教対話AI
4.株式会社テラバース:熊谷誠慈と古屋俊和が共同創業したスタートアップ企業。伝統知を基盤としたコ
研究者のコメント
「コロナ禍やロシア・ウクライナ戦争などを通じ、改めて、現実世界に窮屈さを感じる人が増え、物理的制約のない仮想空間の可能性、潜在性はますます高まるものと思われます。このたび開発に着手した仏教仮想空間「テラバース」、ならびに、試作品として公表した「テラ・プラットフォームAR Ver1.0」は、伝統知とサイエンスを融合した新しい世界、プラットフォームです。多様化した現代社会のオプションの1つとして、人々に癒しや楽しみをお届けし、そこから新たな活力と希望が生まれ、躍動的な社会が実現することを願っています。」(熊谷誠慈)